2050年ビジョンへの批判4:良いガバナンス

中国がCOVID-19の感染を発表(2020年1月7日)してから63日後となる3月10日、ついにモンゴルで初の感染者が確認された。現時点で世界120ヵ国、12万人が感染し(うち8万人が中国国内)、4,300人が死亡している。治療を受けて回復した人は6万7千人である。

モンゴル政府は、感染者が確認された日から国内のすべての交通手段(空路および陸路)を遮断し、国際航空便の運航も停止した。モンゴル国内で確認された初の感染者はフランス人であり、その感染者が3月2日に利用したモスクワからの便に乗り合わせた乗客、利用したとされるレストランやホテルなどの従業員など、これら第1次接触者となる500人の検査と隔離措置が現在行われている。

海外メディアによると、新型コロナウイルスを治療できるワクチンが今年4月末に完成し、感染拡大を食い止めることができるかもしれないという。2003年のSARSの時のように、今回の新型コロナウイルスも、人類は打ち勝つことは明らかであり時間の問題である。

しかし、私たちはモンゴル政府が感染して久しい「腐敗」という名のウイルスにいつになれば打ち勝つことができるのだろうか?U.フレルスフ内閣は、それが30年後だと言う。政府の2050年ビジョン、249ページの記述によれば、モンゴルは30年後に「腐敗のない国」になるという。しかし、モンゴル国民はこの広く深く感染した「腐敗」にそれまで耐え切れるだろうか?

良いガバナンス

過去30年間、モンゴル政府に助言してきた国際的な開発機関、特に世界銀行の新興国に対する助言は「国家が発展する鍵は良いガバナンスにある」ということである。政府の決定、その実行過程は、公開的かつ透明で責任が求められ、その上で良いガバナンスが構築されるということだ。世界銀行は次の6項目で、国のガバナンスの健全性を評価している。

  1. 市民の声と説明責任
  2. 政治的安定とテロや暴力の排除
  3. 効果的な政府運営
  4. 規制の質
  5. 法の支配
  6. 腐敗の抑制 ではモンゴルはどうだろうか?

図1.世界のガバナンス指標におけるモンゴル国の指数(出典:世界銀行

モンゴルは2003年から2018年の期間で、市民の声と説明責任は中程度であり、あまり変わっていない。政治は比較的に安定し、規制の質は向上してきている。しかし、法の支配、政府の運営能力が低く、腐敗の抑制は弱い。 2050年ビジョンには、これからの30年で良いガバナンスを構築するために「電子的で賢明な構造、能力や道徳を有する公職の育成、人権を尊重した腐敗のない社会を発展させる」とある。ガバナンスを良くするだけでなく、賢明で電子化するという。

表1.良いガバナンスの目標を達成させる水準

この高い水準にどのように到達するか、その具体的な道筋は明らかではない。政府は目標を設定し、それを実施する。そのためには「すべての人が行政サービスを利用できるように、政府のアクセス能力が重要である」と経済学者のフランシス・フクヤマは指摘した。モンゴル政府はこの能力が低く、また免疫力も弱い。

ガバナンスのウイルス

人間の体内に複数存在し、消化機能をサポートし、私たちの身体をウイルスなどの外部の病原体から守っている単細胞生物を細菌という。この細菌が病原体に負けると人間は病に伏す。そのため病原体を抗生物質で治すことになる。ウイルスは細菌よりも非常に小さく、はじめに人間の細胞に侵入し、その後は増殖して体の健康な場所を侵食する形で死に追いやる。それは専用のワクチンのみで抑えることができる。ワクチンは、はじめにウイルスの細胞への侵入を止める。そして細胞内でのウイルスの増殖を止めるという2つの役割がある。

「人間の貪欲さ」はまるでウイルスであり、人に感染するものである。貪欲の感染は、行き過ぎれば比較的に容易に抑制することができる。しかし、腐敗はまるでウイルスのように目に見えることなく、密かにガバナンスを侵害する。はじめに政府に侵入し、そして増殖し、拡散して健全な細胞を次々に崩壊する。

民主主義の歴史が浅い国では、腐敗はまるでウイルスのように選挙や政党を通して権力やカネで政府に侵入し、スポンサー/クライアント、寡頭制のために機能する。このことを政治の言葉ではクライエンテリズム、政権のための取引という。

政党によって任命された者は要職に就いて次の選挙までに財を成し、貪欲に自己の欲求を追求し、健全な細胞を破壊する。このように職権を濫用して財を成すことを政治の言葉でレントシーキングという。

クライエンテリズムとレントシーキングの起源は異なるため、良いガバナンスという1つの診断で評価し、同じ薬で治療することはできない。しかし、モンゴル人は良いガバナンスだけを見てきたため、腐敗対策は結果を出せないでいる。

クライエンテリズムは、選挙で権力を獲得するための取引である。その典型的な例は「600億トゥグルグ事件※」である。他にも年金ローンや教育ローンを帳消しにするなどして、有権者の票を買おうとする動きである。

候補者が、「私たちの党を選挙に勝たせてくれれば、私たちが政権を取れば、皆さんに協力する」というのはクライエンテリズムの基本原則である。だから、今の政治家たちはクライエンテリズムを撲滅することができない。それは不可能である。クライエンテリズムは、透明性や情報公開によって解決されることはない。唯一の解決策は、市民の政治への参加、戦いである。クライエンテリズムにどっぷりと浸かった政治家は変わらない。彼らを退場させることのみが変化を可能にする。

レントを探す者たち、つまり政府の権力を利用し財を成す者たちは、政府特別許可、入札などの手段で不正に私腹を肥やす寄生虫である。彼らは権力を利用し、社会の不足を生じさせ、その不足を補う活動を通じて財を成す。例えば、中小企業開発基金をめぐる事件やその他の様々な基金、政府系銀行、国有企業などがある。しかし、これらはその公開性、透明性、説明責任などで解決することができる。中小企業開発基金をめぐる事件が発覚した発端は、登録システムを透明にしたことである。今はあまり聞かなくなっているが、「透明な口座(Transparency)」はもう1つの解決策である。

今後も、すべての政府特別許可、入札、コンセッション契約などに関する「透明な口座」がどれだけ機能するか、各段階のデータをブロックチェーンで保存できるどうかで結果が決まる。 これら2つの腐敗というウイルスの攻撃を、モンゴルは国際機関の支援、もしくは外国の学者などの知識で解決することはできない。唯一の解決策は、国民自身が選挙に積極的に、しっかりとした意思を持って参加し、クライエンテリズムたちを一掃することである。そして彼らに対して、どこにいても発言し、抗議し、戦うことである。

ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン

※ 600 億トゥグルグ事件:2016 年の国政選挙で政権に就いた人民党が、党内で大臣などの役職に値段をつけ、党員に売った事件。党幹部が値段を決めている音声データが流出し明るみに出た。値段の合計が600 億トゥグルグだったことからこの名前がついた。しかし、音声データが不鮮明だとし不起訴になっている。