モンゴル経済が鉱山開発に完全に依存するようになり約10年が経つ。経済だけではなく、政治もまたこの分野によって左右されている。政治の世界では、経済と政治がただ1つの分野でコントロールされる国をバナナ共和国(Banana Republic)という。モンゴルはバナナというより“石炭”共和国といった方が適切だろう。

モンゴルは石炭の埋蔵量が豊富で、最大の炭鉱には75億トンの石炭が埋まっていることが確認されている。その炭鉱の名は“タバントルゴイ炭鉱”である。この巨大炭鉱は、しばしば政治や経済団体の勢力争いの主戦場となっており、選挙時にはポピュリズム公約の武器として政党の財源となる「運命」にある。

第1の運命

モンゴル国内のタバントルゴイに石炭鉱床が確認されたのは1930代だった。1967年に小規模だが掘削を開始した。社会主義時代にはこの炭鉱の価値を、当時のモンゴル経済、政治情勢により経済に回すことができなかった。しかし、1990年代から市場経済へと移行し、この炭鉱が再び注目を浴びるようになった。タバントルゴイでは探査が始められ、間もなくしてタバントルゴイ炭鉱には64億トンの石炭があることを確認された。

世界最大の鉱業会社であるイギリスのBHPは、1998年にタバントルゴイ炭鉱の探査ライセンスを取得した。しかし同社はこの炭鉱から利益は見込めないと判断し、ライセンスをモンゴル政府に返上した。その後、マイン・インフォという会社がこの炭鉱の特別ライセンスを取得したが、2005年にエナジー・リソース社に譲渡した。エナジー・リソース社は、その探査ライセンスを1年後に採掘ライセンスへと切り替えた。その後、膨大な埋蔵量を誇る炭鉱を1社のみに保有させることは好ましくないと政府が判断し、政府令により2008年にタバントルゴイ炭鉱は国有となった。

第2の運命

2010年の国会第39号決議により、タバントルゴイ炭鉱で操業する会社を“エルデネス・タバントルゴイ”という国有企業にし、株式の10%を全国民が保有(一人当たり536株)、別に10%を国内企業に保有させ、30%を証券取引所に上場することとなった。なぜこのような措置が取られたかというと、モンゴルの二大政党は2008年当時の国政選挙で、国民に「鉱物の恩恵と国の恵みを国民全員で分かち合う」という公約を掲げたからだ。

その後、連立政権を発足させたこの二大政党は、2011年に国会第57号決議を承認し、エルデネス・タバントルゴイ社の株式20%を国民に保有させ、国民全員にさらに536株を配布する決定を出した。

政府は2011年にタバントルゴイ炭鉱を2つの鉱区に分け、その一つズーン・ツァンヒ鉱区の採掘権を中国企業である“チャルコ社”に与えた。その際、石炭1トン当たり70ドルを支払うという契約を結び、その前金として3億5千万ドルを受け取った。そしてその金を「人間開発基金」を通して国民全員を対象に1人当たり21,000トゥグルグを給付した。それは2012年の国政選挙前のことだった。

第3の運命

タバントルゴイ炭鉱は非常に規模が大きいため、石炭の採掘、製錬、輸送には大きな機材やインフラが必要であり、それには巨額の投資が必要である。そのため、政府は国内外の投資家を誘致するために公開入札を行った。2014年、この公開入札ではモンゴルのエナジー・リソース社、中国のシェンファ社、日本の住友商事によるコンソーシアムが炭鉱開発の優先交渉権を得たものの、当時のZ.エンフボルド元国会議長が反対の意思を表明し、政府は公開入札の結果を無効にしてしまった。

現在、Z.エンフボルド元国会議長は、この公開入札の結果に反対したことを誇らしげに「タバントルゴイ炭鉱を国民の皆様へ残した実績がある」と喧伝し、2020年の国政選挙に出馬している。そして、当時の公開入札を実施したM.エンフサイハン元副首相を刑務所に投獄した。

第4の運命

タバントルゴイ炭鉱をめぐるもう1つの論争の火種は鉄道である。2012年の国政選挙前、エナジー・リソース社はウハー・ホダグ~ガショーンスハイト間の鉄道建設を開始した。しかしこの鉄道敷設工事を中止し、政府が建設することとなった。2013年にはモンゴル鉄道公社が建設することになり、チンギス国債の発行で集めた資金から2億8千万ドルを費やした。それだけの費用をかけた工事でできたものは盛土だけだった。そしてこの鉄道を誰が、どのように建設するかという以前に、鉄道の軌間(広軌か狭軌のどちらで建設するか)をめぐる議論が繰り広げられた。

この軌間の問題について、2014年に国会は狭軌で建設すると決議したが、現在は非公開入札で権利を得た「Bodi International社」がなぜか広軌で建設している。初期の工事で盛土だけを残した件の鉄道建設を担当していた当時の担当大臣が、今ではモンゴル国大統領になっている。彼は国家安全保障委員会による勧告を発表し、タバントルゴイ~ガショーンスハイト間ではなく、タバントルゴイ~ズーンバヤン間(総延長414㎞)の鉄道建設を始めているのだから驚きだ。

第5の運命

2018年の国会第73号決議では、タバントルゴイの株式の30%を国外の証券取引所に公開すると決定した。2019年、それを実行するための第296政令が発令された。D.スミヤバザル鉱業・重工業大臣は、世界の大都市で著名な投資家たちと会い、この株式公開を紹介して回った。しかし2020年3月、U.フレルスフ首相はそのタバントルゴイのIPOの中止を決定した。政府は自分たちの出した決定を自分たちで無効にしたのだ。

そして現在

2019年、エルデネス・タバントルゴイ社は設立以来初となる黒字となり、250万人の株主への配当金の支払いを決定した。2020年5月1日、政府は株主である国民一人一人に10万トゥグルグを交付すると公表した。しかし、その公表から1ヵ月が経った現在でも配当金は交付されていない。

エルデネス・タバントルゴイ社は証券集中預金センターに600億トゥグルグを既に振り込んでいるが、政府は配当金の交付を保留しているのだ。それは国政選挙前だからと理解すれば納得である。選挙戦の成り行きを見て、ひょっとしたら選挙投票日の2日前にこの配当金を交付するかもしれない。もともと国有企業という看板を掲げる会社が、実際には政党の所有物になり、その国有企業は政治家とその選挙費用を常に支援してきた。今では国民はそのことを良く知っている。

タバントルゴイ炭鉱の5つの運命は、モンゴル国民の運命そのものになっている。選挙のたびに公約の対象となり、選挙がない年でも政争の具となってきたエルデネス・タバントルゴイ社を完全に開放し、取締役会から政治の息のかかった者たちを追い出さない限り、これからも新たな運命が待ち構えているだろう。

ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン