フィリピン第2の都市、ミンダナオ島ダバオ市の市長を20年間務めたロドリゴ・ドゥテルテ(71歳)は、2016年の大統領選挙で39%の得票率で圧勝した。ダバオには貧困層が多く、約1000万人のイスラム教徒の大半が住み、麻薬犯罪は同国内で最も多い都市だった。ロドリゴ・ドゥテルテは市長時代、犯罪発生率を劇的に減らしダバオ市を世界で最も安全な都市ランキングで9位にした。彼はその手法を「犯罪者はその場で殺す」ことであると話した。実際ダバオには「ダバオ・デス・スクワッド(Davao Death Squad)」と呼ばれる犯罪者を殺す自警団が存在する。
彼は大統領選挙で「私は国内での麻薬犯罪を撲滅するために戦争をする。またフィリピンを連邦制へと移行する」との公約を揚げた。そして彼は大統領になった翌日から公約を実行に移した。警察は半年間で麻薬密売人や麻薬常用者を殺害し、その数が7,000人を超えてからは殺害した人数を公表していない。
麻薬戦争
国際人権団体NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチの報告では、2016年10月から2017年1月までの期間に警察が容疑者を殺害した事件は24件32人にのぼるとのこと。警察は麻薬犯罪の容疑者として拘束した非武装の人々を銃殺した。そしてこれは「正当防衛」だったと公表した。警察は容疑者を射殺した後、遺体の近くに銃や麻薬を置いて事件を捏造するようになった。これに誰も異論を唱えないとヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書には書かれている。ドゥテルテ大統領は、麻薬犯罪に関わる者をその場で射殺する許可を警察や軍隊、自警団に与えた。これで麻薬犯罪は表に出てこなくなったが、麻薬の使用による感染症が水面下で拡大している。これに伴い窃盗や強盗などの凶悪犯罪が急激に減った。ドゥテルテ大統領(Duterteと言う名前のTERTEの部分が30の発音に似ていることからしばしばDU30と書かれる)の人気は高まり、特に貧困層における支持率は80%を超えた。
しかし、民主主義の基本原則である司法制度を無視し、法律によって犯罪者を裁くのではなく、警察や軍が裁きを下すようになったことにより、社会に恐怖が広がっている。また麻薬戦争に乗じて政治家が自分の敵となる者を殺害することが起こっている。
ドゥテルテ政権が発足してからの2年間に10都市の市長、6人の副市長が殺害された。そのうち4人は刑務所に収監中、他は職務に就いている時だった。
“大統領は麻薬戦争を任期が終わる2022年まで続けると宣言している。人権は蹂躙され、国際社会が圧力をかければ国連からの脱退も示唆する。中国やロシア、アフリカ諸国と協力して新しい国際組織を作るとまで発言する。”
連邦制への道
フィリピンの人口は1億400万人、GDPは3050億ドル、1人あたりのGDPは3,000ドルである。国民の21%が貧困層で、7641の島々から成る島国だ。大都市に集中する人口、偏ったインフラ開発により地域の生活水準には大きな差がある。そのため政治家たちは行政組織構造の改革、マニラ首都圏における徴税や運用権限の集中削減、地方自治体への行政権の移譲を今世紀初頭から提案してきた。そして1987年に成立した現行憲法の改正に取り組もうとしている。
今回はこれらの取り組みが実行される可能性が高くなっている。ドゥテルテ大統領の積極的な意志と多くの国会議員の働きかけで、2019年に予定されていた国会議員の改選が実施されないこととなった。その代わりに国民投票(プレビシット)を行い、大統領制から議院内閣制へ、共和制から連邦制へ移行する準備が整えられている。24議席の元老院(上院)と297議席(238議席が小選挙区、59議席が比例代表で選出される)の代議員(下院)の定数は変わらないが、元老院は各地域から2議席を選出するようになる。
憲法改正案を作成するため、ドゥテルテ政権は協議委員会を設立した。もし、全て彼らが望むように事が運べば国民投票を行い、連邦制にする準備が整えられる。2022年に政治権力が首相に集中し、首相の任期は1期4年、再選で最長2期8年となる。
政治評論家によれば、これらの改革によってドゥテルテ大統領は現行憲法の規定により大統領としての任期が6年、その後首相になり1回の再選をいれて8年、14年間政権を握ることになる。これはもう1人のマルコスが誕生するということだ。
この6月に行われた国民投票で67%が憲法改正と連邦制に反対した。この結果を受け政府は連邦制に対する国民の知識が低いことを示していると発言した。そのため、国民の連邦制に関する知識を向上させる活動を全国で始めようとしている。
“いずれにしても政治権力が1人の人間に集中すれば、権力を維持するために国民投票という大義名分で憲法改正ができるということをフィリピンの例が示している。ロシア大統領、中国国家主席も同様に何十年も政権を握るようになった。もう1つの典型的な例はアゼルバイジャンである。アゼルバイジャンについては前回の記事で取り上げた。”
モンゴルでは憲法改正をするために国民投票を行っている。これらの国々の実例を検討した上で多面的に考える必要がある。そして民主主義国家の国民である私たちは、今まさに試されている。
ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン(マニラにて)