中国外相の訪問―石炭外交
中華人民共和国外交部長(外相)がモンゴルを訪問した。パンデミック下での継続的な相互訪問となった。2月27日にはバトトルガ大統領が中国を訪問し、羊3万匹を中国側へ贈った。この羊3万匹は国営エルデスタワントルゴイ株式会社とエルデネト株式会社が購入したものだ。その大統領の中国訪問の7ヶ月後となる9月15日、中国の王毅外相がモンゴルを訪問した。今回の訪問目的は、両国間の貿易を促進させることであった。モンゴルと中国の貿易総額は87億ドル、そのうち輸出は67億ドル、輸入は20億ドルである。これを来年には100億ドルまで増やす目標を掲げている。これに伴い、新たにガショーンスハイト−ガンツモド、シヴェーフレン−セへー、ビチグト−ゾゥーンハタヴチの3箇所の鉄道国境検問所を設置する内容の条約を締結した。
また今回、モンゴルは中国から7億元の融資を受ける。これは2017年5月12日、エルデネバト元首相の訪問時に両国の外交樹立70周年を祝して中国側が20億元の融資を約束したことの一環である。過去には2018年に7億元をゲル地区開発プロジェクトのための資金として。2019年に6億元を国境税関施設の整備のために受け取った。そして残ったのが今回の7億元である。この7億元を何のために使うかを両国で話し合い、20億元の融資が完了したことになる。
まずモンゴルの外交政策について触れておきたい。モンゴルは経済的に国境を接する中国とロシアに依存し続けてきた。2000年まではロシアに頼ってきたが、それ以降は中国に頼ってきた。モンゴルは、中国とロシアとは包括的戦略パートナーシップの関係を結んでいる。第三の隣国である日本、インド、アメリカとは戦略パートナーシップの関係を築いている。その上で中国外相の訪問を分析してみると、石炭外交が行われていると言える。モンゴルの輸出総額の90%は中国向け。2019年には石炭の輸出で3兆トゥグルグ、銅の輸出で1.8兆トゥグルグにのぼる。石炭と銅で輸出総額の70%を占める。残りは鉄鉱石等といった鉱石が占める。石炭の輸出量は年々増加している。2017年に3300万トン、2018年に3600万トン、2019年に3600万トンで、2020年には4000万トンの予定だったが、新型コロナの影響で輸出が中断している。今回の訪問を受け、中断していた石炭の輸出が加速すると考えられる。銅の輸出量は2017年、2018年にそれぞれ140万トンを輸出した。モンゴルの輸出品は主に石炭と銅と言える。最初は銅であったが、その後石炭が大きく占めることとなった。
鉱山からの収益は、3.2兆トゥグルグの国家予算となる。だが2020年の予算の修正をし、3.2兆トゥグルグから2.7兆トゥグルグへ減額した。これは鉱山からの収益が40%減少したからだ。私たちは鉱山に偏った経済を多様化すると長年話してきた。そして今回の王毅外相の訪問は、経済の多様化を早く進めなければならないことを注意するものとなった。在モンゴル中国大使柴文睿(チャイ・ウェンルイ)氏は「中国の石炭消費量は減少している。しかし、モンゴル側の要請を受けて、石炭の輸入量を上げている。以前は、大量の石炭がモンゴルに積み上げられていたが、今は中国に石炭備蓄がある。」と発言した。
中国外相訪問は、モンゴル語・モンゴル文化を保護する抗議デモが続く中で行われた。ウランバートル市、スフバートル広場で中国の政策に反対し、内モンゴルを応援するデモが行われた。政府指導者間でこのことについても意見を交換したとのことだ。この時の会話の記録は間もなく公開されるだろう。
エルベグドルジ元大統領がツイッターで抗議の意思を表明した。元大統領ということで現政権の立場を表すものではなく、個人の意見に過ぎない。それに対して在モンゴル中国大使柴文睿は「エルベグドルジ元大統領は現役時代、内モンゴルは中国の一部だと主張していた。大統領を辞めてからの二面性を見せた。木は植えるのは簡単だが、育てるのは容易ではない。友好関係を大切にしなけらばならない。」とコメントした。
しかしエルベグドルジ元大統領の意見は一個人の意見に過ぎず、個人の意見と政府の立場は必ずしも一致しない。モンゴル国では個人に表現の自由が保障されている。モンゴルでは以前、報道機関は国営通信社しかなかった。今はそうではない。報道機関も多様化しており、伝統的な報道機関に加えて様々なSNSツールも使われている。しかし、今回の外相訪問では新型コロナウイルス感染症拡大防止を名目に一つの報道機関しか取材を許されなかった。そのため他の報道機関も同じ内容を報道した。よって、すべて同じ報道に見受けられたかもしれないが、内容に対する意見はそれぞれ異なった。モンゴルは民主主義国である。政府が国民をコントロールするのではなく、国民が政府をコントロールすることの重要性が今回の訪問で明らかにされた。石炭に依存した外交関係の姿も明確にされた。モンゴルは中国以外の国へ製品を輸出する必要性が迫ってきたことを思い知らされた。長期的な将来を考えて、今行動すべきことを強調しておきたい。
市場と政府―政府介入の3つの目的
政府が市場に介入する目的は3つある。まず、市場の効率化(Efficiency)。市場は過ちを犯すことがある。独占や環境破壊等が引き起こされるため、これらを解決するために政府が介入する。例えば、公共財を生産するためで、これは道路敷設や森林の植林、学校などを建設する。税収で資金調達をする。
次に、国民の公平な参加(equity)、資産、収入を保障するために政府は市場に介入する。政府は税金を回収して富の再分配をする。それから、累進的な所得税を課す。高所得者には高い税金を課し、低所得者に回すという福祉制度を運営する。
最後に、経済の安定性を保つためだ。経済には景気循環がある。山頂を切り取り、谷底に入れ込む。失業者を減らし、インフレーションを抑制し、経済成長を確保する。
市場の効率化を高め、国民の公平な参加を保障し、安定性を保つ目的で政府は市場に介入する。しかし、これら以外に政府の規制を必要としない事にも介入することがある。政府は何を規制すべきなのか。政府の介入は最終的に公正な競争を促すことに尽きるべきだ。公正な競争こそ、市場の効率を保つことができる。そのため、市場の過ちは正されるべきである。
独占状態が生じた場合にも政府の介入は必要とされる。しかし、政府自体が独占を生み出して問題が生じる場合もある。公正競争・消費者庁は、独占企業の事業活動を規制できるという法律がある。モンゴル競争法第6条1項には、「事業者が生産する製品の市場流通量の変更を、その生産能力に応じて規制する」、「実際のコストに応じて製品の販売価格の変更を許可する」権限を公正競争・消費者庁に与えている。MIATモンゴル航空のチャーター便がそのコストとチケット代が妥当かを審査し、許可を与えるという話もこれに当たる。
政府が電気価格を一定額に抑え続けてきたため、危機状態に陥っている。電気・エネルギー源は100%の稼働率である。もし1箇所で事故が起きた場合、全体が停電になるような状況にしている。その他に環境問題がある。企業の活動が水資源問題、大気汚染問題の原因を生み出す場合がある。こういった事案に対し、政府は法律を制定し、あるいは税金を引き上げることで対応する。
価格設定に対する規制は、長期間競争できない状態にする。価格は需要と供給の一致するところで決まる。価格は事実情報でなければならない。政府がそこに介入すると、事実情報でなくなる。そのため、企業の新規参入の障壁となり、事業撤退が進み価格が機能しなくなる。多くの国では、政府が価格を設定しようとするとき、政府の独占を生じさせる。時には、特定製品の価格を低く抑えようとする。例えば、アメリカでは賃貸物件、ドイツでは薬品を安く保とうとする。アメリカ、特にニューヨーク州では建物の賃貸料を安くする政策を長く続けた結果、大きな問題が生じた。賃貸物件が見つからなくなり、ホテルの宿泊料が高くなった。また、特定の製品の価格を高くしようともする。例えば、農産物だ。それから、価格を一定額に抑えようとする。モンゴルでは、建築業に対してこの政策を取った。住宅価格は一定額になったが、全体的に高くなってしまった。価格を命令で決めることは、共産主義の考え方であり、悪影響を及ぼす。
経済を規制する2つの手がある。一つは、アダム・スミスが1776年に著書『国富論』で提唱した「見えざる手」だ。これは、市場がその体制の中で価格を設定するという考え方である。もう一つは、「見える手」である。政府の強制力で、命令等により価格を設定することをいう。この二つの手が相互に作用する。政府が過度に介入すると、経済は不況に陥る。そして、国民が選挙を通じて政府を変える。その後、「見えざる手」が機能し、また経済は持ち直すのだ。
働く関心のないモンゴル人―過剰な福祉が貧困を増加させる
貧困または裕福とは、個人の主観的判断による。しかし、貧困は社会現象であり、経済学上の概念だ。貧困は社会を不安定にする。貧困が深刻になり、社会に様々な問題を生じさせる。そのため、我々は貧困と戦わなければならない。社会の大半が貧困になると、暴動が起き、それは感染症のように広がる。格差社会が拡大し、内戦も起こりうる。そして国が崩壊する。
では、貧困とは何か。これをどう測るのか。貧困は1日の収入、教育、インターネットアクセス量、携帯電話の普及、映画鑑賞者数などで測れるものではない。これらは人間開発指数というもので示される。
世界各国は貧困と戦い続けている。世界では初めて17世紀のイギリスで貧困に関する法律が制定された。この法律は疾病のある者、年長者、未成年者を政府が扶助することを定めた。しかし、どんどん多くの人が公的扶助を受けるようになり、法律が改正された。労働能力があるにも関わらず貧困である者がいることは、倫理的貧困だとした。職を見つける以外、政府は扶助しなくなった。今は、子供の貧困だけが取り上げられる。このように貧困との戦いは、真に救済が必要な者のみを助ける方法で進められている。ドイツでは、政府が失業者に2度、職場を紹介する。2度とも就職を拒否した場合、公的扶助の対象から除外される。
モンゴルでは、政府は80万人を対象に72種類の福祉サービスを提供している。300万人の人口のうち80万人が公的扶助を受けているのだ。モンゴルの労働人口は120万人である。公的扶助は国または地方の予算から出される。児童福祉金を除いて、2015年にはGDPの1.1%に当たる2600億トゥグルグが福祉に使われた。児童福祉金を含めるとGDPの2.1%となる。中所得国はGDPの1.6%、高所得国はGDPの1.9%を福祉に充てる。比べてモンゴルはGDPの2.1%を福祉に使っているのだ。
72種類の福祉サービスのうち、手当金をみてみよう。介護手当、社会福祉支援を必要とする世帯への手当、緊急及び生計援助手当、児童手当というものがある。食事券の配布もある。社会福祉支援を必要とする世帯への食事券というものだ。これは2013年以降、21県とウランバートル市9区で配布されている。それらの地区内にこの食事券を使える店舗がある。食事券で出される料理も決まっている。しかし、食事券を配布される人が店に行き、ウォッカを要求してしばしば喧嘩になる場合もあるようだ。なぜ食事券があるのかというと、人は1日2500kcalを摂取しなくてはならない。1日1800 kcalを下回るカロリーしか摂取できない世帯は貧困とされる。
モンゴルの労働人口を見てみよう。2019年は前年に比べ、男性の労働人口が4万8000人減少し、68万2000人となった。女性の労働人口は3万7000人減少し、59万1000人となっている。労働人口とは、就業者で登録済みの人数をいう。労働人口が減り、福祉サービスが増加していく。そこで2つの大きな問題が出てきた。まず、体力を要する低賃金の職業に就く者がいなくなった。補助遊牧民、地面を掘る仕事などに労働者がいない。次に、労働者が見つかっても、仕事をするのに必要な能力を持っている者がいない。これは職業教育に問題があることを示している。
最近、ユネスコが行った成人リテラシーとライフ・スキル調査結果によると、モンゴルでは30万人の成人が失業者であり、労働人口に登録されていないことが分かった。福祉政策が多すぎるため、若者は教育を受けても仕事をすることに関心がないとのことだ。雇用側も不満を表している。福祉に充てられてきた資金源は、鉱山からの収入であった。鉱山開発以前は、ここまでの福祉はなかった。しかし、現在の鉱山からの収益を受けられない状況となっても、更に手当を要求する声が上がっている。それに応じて、福祉サービスを多くし、その結果貧困問題が生じているのだ。また、選挙で貧困問題を取り上げ、高福祉を謳い票集めに利用する。
福祉、収入などは生産性と関連していなければならない。1995年以降、生産性は向上し、労働者1人当たりのGDPは2.8倍となった。しかし、名目給与から物価上昇の影響を除いて計算すると、実際の給料は4.3倍に増加した。モンゴルは生産性を超えた給料を受けていることになる。その原因は開始されていない鉱山開発から、政治的手段で収入を前借りしているからなのだ。
ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン