S.ドラム氏はバヤンホンゴル県の遊牧民の家庭に生まれました。1973年にモンゴル国立大学モンゴル語・文学部を卒業してから教師として同大学で43年間勤め、高等教育分野に45年間携わってきました。彼のモンゴル語と文化を母国のみならず世界に広げ、モンゴル研究の促進への貢献が評価され、モンゴル教員功労賞を受賞しました。
J(ジャルガルサイハン): 文化とは幅広い意味をもつものです。文化を守り伝えていく上で主な要素としてモンゴル語、文学、国民の伝統習慣、叙事詩、長い歌などがあります。文化を形成するものは何ですか?私たちモンゴル人は文化をどのように受け継いでいますか?
ドラム: 「国民意識」というものがあります。これを構成し、守り伝えている主な要素はあなたが言われたものです。その中に私たちが誰なのか、どこから来てどこへ行くのかという概念まで全て含まれています。自然科学の研究者は、巨大な動物から小さな昆虫まで、全てがこの自然を形成しているものであると言います。同様に文化と民族を形成しているもの全てが国民意識の中にあります。こういったことを意識せずにいることはとても簡単です。しかし、その代償は非常に高くつきます。母国語、文学、伝統や習慣、叙事詩などは国と民族が受け継いでいくものです。文化を作り上げている要素の繋がりをできる限り完全に守っていかなければなりません。
J: 私たちはそれらの要素を守っていくことができていますか?
ドラム: 殆どできていません。色々な意味でモンゴル文化の命運は綱渡りの状況にあります。今後どのように変わるのか予想もできません。
J: 「国民意識」を持たなければならない。もし言語か文学のどれかを無くしてしまえば国民意識が失われてしまう。例えば、外国にモンゴル人の子どもがいて、モンゴル語を話さず育つとします。その子どもたちにはモンゴル人としての「国民意識」はありますか?
ドラム: ある程度あります。しかし、このくらいという基準はありません。それは誰も特定することができません。しかしながら、外国にいるからこそ「国民意識」を持とうという気持ちが大きくなる側面もあります。国民意識の価値をより感じることがあります。外国にいるモンゴル人は国民意識が薄れないように努力していますが、その環境の影響は少なからずあります。
J: 外国から入ってくる文化の流れや活動の中で、私たちは何に注意しなければなりませんか?
ドラム: 言語とは文化を支える基盤です。言語があるからその他の文化的な要素が形成されます。言語は文化全体の基礎中の基礎と言っても過言ではありません。モンゴル語が存在し、私たちがモンゴル語を話し、子どもたちがモンゴル語で歌っている限り、私たちの文化は存在し続けます。ただ、私たちは母国語の本質とその重要性を子どもたちに理解させ、習得させる必要があります。言語というものはそう簡単に絶滅するものではありません。
J: 絶滅しない言語の中にモンゴル語が入っているという話がありました。
ドラム: そのような話があります。聞くととても嬉しい話です。このように言った人を褒め称えたくなるくらいです。(笑)しかし、この話はどんな事実を基準に、何を根拠に言われたかというのは今のところ不明です。
J: 言語は人と同様に進化してきています。最近、モンゴルに外来語が数多く入ってきています。言葉だけではなく考え方まで入ってきています。外国の言葉は訳すべきですか?母国語をより充実させるためにはどうすれば良いですか?
ドラム: ボキャブラリーの側面だけを見ると浅いかもしれません。思考という側面では注意深く見る必要があります。外国の言葉が入ってきてその言葉を借用し、時にはモンゴル語として使ってきた歴史があります。そこには言語法則があるから外国の言葉を借用することができます。重要なのは、この言語法則自体が崩れなければ言語は長く存在するということです。
「クジラ」は世界で最も巨大な動物です。クジラの体の70〜80%は脂です。ところでモンゴル語でクジラをハリムと言います。このハリムという言葉は「脂」という意味です。私はクジラを獲ったモンゴル人がクジラの体を量ってみて80%が脂だからハリムと名付けようと言ったとは思いません。肝心なのはモンゴル語の美しさと的確に表現できる能力です。他にもう一つの例を上げましょう。競馬の賞があります。競馬で3着の馬を「アルワイ・モリ」と言います。アルワイの意味はスコットランドを起源にするポニーです。
J: モンゴル語に存在しない言葉はあまりありません。これはモンゴル語の素晴らしいところの一つですか?
ドラム: その通りです。さらに言うと、モンゴル語には内面的な美しさという素晴らしいものがあります。モンゴルの叙事詩、シャーマンの言葉の中には内面的な美しさがあります。その美しさに取り憑かれた人は、まるでギャンブルにはまった人のようになります。それだけを感じて理解できる言語感覚というものが、今の私たちに足りていません。
J: あなたは言語の内面的な美しさ、それを感じること自体が素晴らしいと言っています。モンゴル語の内面的な美しさ、その本質にあなた自身いつ気づきましたか?
ドラム: 私は学校に入る前には気づいていました。私の祖父は狩りもする遊牧民でした。とてもお手本になるような人物でした。祖父がおとぎ話をする時は、周辺の家の人たちが集まってきて祖父を囲んで座って聞いていました。そんな祖父の脇に座っておとぎ話を聞いて育った、その頃からだと思います。
J: あなたにとって一番印象に残っているおとぎ話は何ですか?
ドラム: ツォーティーン・ツァガーチ・グー(ツォートという地の白馬とその子馬についての話)です。これはモンゴル人なら誰もが知っているおとぎ話です。このおとぎ話は私に優しい心を教えてくれました。優しい心が私の人格形成に大きく影響したと思っています。この話に出てくる親馬と子馬の会話から、お互いを愛すること、敵を作らないことの大切さを感じました。
ドラム * ジャルガルサイハン