人類の長い歴史の中で最も偉大な発明は貨幣だという。貨幣なくして文明なしとも言われる。人間が実物資産を無形なモノ(硬貨や紙幣)で交換し、またそれを実物資産に換える機会を貨幣のみが可能にした。これにより労働生産性が高まった。貨幣が人類史に現れたのは約3万年前である。
しかし、600年前にベルギーで証券(Stocks)が誕生したことにより、貨幣の価値を量だけでなく時間軸でも計られるようになった。金銭的余裕のある人たちの資金を、資金を必要とする人たちに長期または短期で貸し出す仲介サービスができた。これが証券市場の始まりである。この証券市場は過去100年間より力を増し、繁栄し、拡大を続け、今では人類の創造的活動は証券市場なしでは成り立たなくなっている。
金融市場は、投資期間が1年以内のマネーマーケットと1年以上のキャピタルマーケットの2つに大別される。企業はマネーマーケットから融資を受け金利を払い、証券市場では株式を売り、配当金を配る。
モンゴルではマネーマーケットが知られているが、証券市場についてはまだ日が浅い。社会主義だったモンゴルの国営企業の民営化は、資金を調達するのではなく資産を配分することが目的だった。30年経った今でもその歪んだ民営化から離れることができていない。
モンゴルでは、最近まで全てのビジネスはマネーマーケット、つまり商業銀行からの融資で資金を調達してきた。それがここ数年、少数の企業が証券取引所に株式を公開し(上場)、市場から資金を調達するようになった。また、モンゴル企業の中には外国の複数の証券取引所に上場し、数億ドルの資金を調達している(二元上場企業)。しかし、多額の資金を調達すれば、それだけ厳しい監査を受け入れる必要がある。
証券取引による資金調達
モンゴル証券取引所の時価総額は過去2年間で2倍に増加し、2兆5千億トゥグルグとなった。これはGDPの9%に相当する。また銀行が企業や個人に対して行った貸付は2018年末の時点で17兆2千億トゥグルグとなり、GDPの62%に相当している。このようにモンゴル経済の70%に相当する金融資産のうち、マネーマーケットは証券市場の7倍になる。これはモンゴルの証券市場には伸び代があることを示している。
モンゴルの企業は国内外の証券取引所で資金調達が可能となっている。例えば、モンゴリアン・マイニング社(Mongolian Mining Corporation)は香港証券取引所で6億7千万ドルの資金を調達した。ペトロ・マタド社(Petro Matad)はロンドン証券取引所に上場した。異なる2つの証券取引所で同時に資金調達をした企業もある。サウス・ゴビ・サンズ社(South Gobi Sands)は香港証券取引所とトロント証券取引所に、ターコイス・ヒル・リソーシズ社(Turquoise Hill Resources:オユトルゴイ鉱山の株式66%を保有している会社)はニューヨーク証券取引所とトロント証券取引所に上場した。両社とも事業活動は順調に進んでいる。また、エルデネ・リソース・デベロップメント社(Erdene Resource Development Corporation)はトロント証券取引所とモンゴル証券取引所に上場している。これらはすべて鉱業分野の企業である。上場理由は、鉱山開発での探査や採掘活動に巨額な初期投資が必要だからだ。
これらの企業は証券取引所で新規上場(IPO)して資金を調達するが、そのために大きな責任を負っている。なぜならば投資家は、企業が自分の投資した資金を増やし利益をもたらすことを期待しているからだ。企業価値が上がれば、株価も上がる。株価が上がった時に保有している株式を売却し利益を得たいと考えている。
証券取引所の役割は、上場している企業に対して正確な企業情報、投資家へのIR情報、四半期ごとの会計報告などを提出させることにある。例えば、トロント証券取引所では上場している企業の鉱山に専門査察官を送り、実際の採掘現場を視察し、鉱物サンプルを独立した研究分析機関で分析させている。なぜならば、証券取引所で調達している資金は多くの個人、あるいは投資ファンド、特に国の年金基金の原資であり、彼らに対して責任を負っているからだ。外国の証券取引所に上場している全ての企業の事業活動は透明であり、誰もがその企業の株式を売買できる。モンゴル人、とりわけ上場企業のモンゴル人社員が共同で自社株を保有している会社は多数ある。例えば、オーストラリア証券取引所に上場しているアスパイア・マイニング社(Aspire Mining Limited)の株式の32%を昨年秋、モンゴル人のTs.ツェレンプンツァグという人物が買った。
証券取引所の一番の役割は投資家の利益を優先することである。また、証券取引所は上場している企業に対して事業活動の透明性、事業活動を行っている場所での社会的責任、例えば自然環境保護などを要求する。これらの要求を満たすことは企業にとっても有益となる。これが企業の事業活動の正常化、必要に応じて株式を追加で発行し資金を調達する保証となる。モンゴルで事業を行い証券取引所に上場している企業は、コーポレートガバナンスを強化し地元住民に自分たちの事業を説明することを行っている。また地域貢献活動にも積極的だ。これは事業活動が不透明でオーナー一人による企業とは全く異なる。
敏感な株価
株式会社にとって株価は重要な役割を果たす。株価が安定しているか、あるいは上昇基調にあれば、その会社の事業は順調だということだ。企業は株式を全て、もしくは一部を公開する。上場された発行済み株式の株価は、追加発行する際の株価の基準となる。
企業の株価は投資家の期待感を表している。金融学者、報道機関は投資家に代わって上場企業に関連する全ての情報を収集し、説明する義務がある。そのため、上場企業についてマスコミが報道する情報や調査結果は正確でなければならない。誤った情報は企業の事業活動に大きく影響し、株価を急落させる。
2018年11月28日、ブルームバーグ・モンゴリアは「サウス・ゴビ・リソーシズ社が経営破綻した」と報道した。サウス・ゴビ・リソーシズ社はオヴォートトルゴイ炭鉱で石炭採掘を行っている会社だ。報道によると「サウス・ゴビ・リソーシズ社はチャイナ・インベストメント社(China Investment Corporation)に対して11月19日が返済期限だった融資4,180万ドルを返済できなかった。これによりサウス・ゴビ・リソーシズ社は経営破綻に陥った…」というものだった。その直後、ニュースサイトzindaa.mnが同様の記事を掲載した。
このニュースは、7億8600万トンの石炭埋蔵量を有する炭鉱で採掘を行い、従業員500人が働くサウス・ゴビ・リソーシズ社の株価を下落させた。同社の事業活動は大きな影響を受け、食糧、作業服などを供給している取引先270社が慌てて売掛金の回収に走るようになった。
しかし、実際にはチャイナ・インベストメント社はサウス・ゴビ・リソーシズ社へ出資している会社だ。サウス・ゴビ・リソーシズ社に出資した資金の回収条件を新たに25年契約で設定するため、今回の返済については一時保留するという情報を証券取引所のルールに従いサウス・ゴビ・リソーシズ社がウェブサイトに掲載した。しかし、このニュースをモンゴル人は経営破綻だと受け取った。
私たちは債務不履行と経営破綻の2つを区別することなく、同じだと思い込み報道した。この報道が投資家、その中でも自社株を保有している従業員を動揺させるに至った。
証券取引所で株式を公開した企業は第三者から資金を得ている。そのため事業活動はガラスのように透明でなくてはならない。些細な失敗や誤報があれば、それに対して株式市場は敏感に反応するものであり、今回はそれがどれほどなのかを世界に見せたひとつの例だ。
モンゴルの株式市場を発展させるために、私たちは正しい情報、証券取引について正しい知識を持つべき時が来た。
ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン