2050年ビジョンの批判8:平和で安全な社会

モンゴルの国会で審議されている政府の長期開発政策、「2050年ビジョン」には、9つの大きな目標が掲げられている。そのうちの1つが「平和で安全な社会」である。この目標は「…国の防衛力強化、人権と自由、社会秩序、国民の生活環境の安全保障、災害リスクの削減を主な柱として、人と社会の安全を保障する」と定義されている。

国内外における安全性を担保するために、政府は防衛力と法整備を強化し、新たな時代の安全性におけるリスクを防止するためにサイバースペースにおける利益を保護する能力を構築する必要があることは明白だ。これに加えて、私たちが採ってきた「第三国の対外政策」(訳注:隣国である中国、ロシア以外の国との通商をすること)には重要な意義があることを強調しなければならない。また、同時にモンゴルにとって、基本的人権と自由、経済の自由といった貴重なものが私たちの安全保障でもある。これらの自由を確立し、約束する唯一の政治体制は民主主義であり、透明性の高い議院内閣制である。

基本的人権と自由を徐々に縮小し、国民に圧力かけ、民主主義から権威主義、つまり独裁へと体制変更が進んだ事例は、人類の歴史において少なからず起こってきたことだ。

新型コロナウイルスは、始めに人々の健康を、次に国の経済を、そして今は国民の参政権と自由を脅かし始めている。新型コロナウイルスの世界的な流行を利用し、一部の独裁的指導者は権力を強化しようとしている(事例)

例えば、ハンガリー政府は「新型コロナウイルス対策法」を成立させ、非常事態時での政府の権限を拡大させた。公共の保健が危機に晒されている状況と同時に、個人の自由が縮小した。

モンゴルにとっての隣国であるロシアと中国は、独裁主義体制をとっている。この両国と経済的・政治的に相互にウィン−ウィンの協力関係を確立すると同時に、モンゴルの民主主義とその価値を維持し続けることができるかが、今後30年で最大の試練となると言えるだろう。世界各国の基本的人権と自由度を表す指数を、国際NGO団体「フリーダムハウス」が公表している「世界自由度指数」をみればわかる。

図1. 世界自由度指数(出典:国際NGO フリーダム・ハウス、2020 年

政治における危機

私たちと隣国との最も大きな違いは、あらゆる問題を国民全体で議論して、物事を決定しているかどうかである。私たちは批判し、論争をする。だが殴り合いで解決しないし、銃を持ち決定しない。誰もが納得できる決定を出すことは容易ではないが、必ず過半数の賛成をもって決定する議員内閣制の民主主義体制の国である。しかしながら、モンゴルの議院内閣制民主主義を攻撃した事例は過去にいくつかあった。しかも攻撃している主体は、本来国家の安全を保障すべき組織である「国家安全保障評議会」である。

国家安全保障委員会の勧告により、法律はねじ曲げられ、司法機関のトップや上級職員は解任されるようになった。どっぷりと腐敗に浸かる政治家の犯罪を、裁判で立証し、事件を解決できなくなったのは事実だ。司法機関を政治目的で利用することが可能になってしまった。バトトルガ大統領は、この国家安全保障委員会に国民の年金担保ローンの返済を免除させることを審議させ、納税者の税金でそれを実行した。

また、モンゴルの国家安全に直接的リスクを及ぼしかねない問題の1つは、上海協力機構への加盟である。上海協力機構への参加の意義を、バトトルガ大統領は幾度も多様な形で提案してきた。上海協力機構への加盟は、モンゴルの安全保障に大きく影響を及ぼすため、その決断は国会が審議し決定を出すことが妥当である。

どの様な決定が出たとしても、それはモンゴル人の基本的人権と自由を侵害するものであってはならない。議員内閣制民主主義を後退させる一歩になってはならない。

経済における危機

つい最近、ロシア大統領は天然ガスパイプラインのモンゴル通過プロジェクトを始動させる決定を出した。現在、プロジェクトのフィジビリティ・スタディ(FS:実行可能性調査)に着手したところである。この調査で有効性が証明されれば、近い将来天然ガスパイプラインの建設が始める。しかし、このパイプライン建設に伴い、私たちにどの様なリスクが伴ってくるのかを国民も知り、理解しなければならない。

来る30年の間の安全保障を話す際に考慮しなければならない最大の要因は、この天然ガスパイプラインの建設についてかもしれない。モンゴルを通過する天然ガスパイプラインの建設が実現すれば、モンゴルに対するロシアの関心は一層大きくなるに違いない。モンゴルのように民主主義の歴史が浅い国にとって、ロシアのような国の干渉は大きなリスクである。

ロシアは他国の選挙を操作した多くの経験があり、前回のアメリカ合衆国大統領選挙において、決定的な役割を果たしたと国際的なマスメディアでも報道されている。もし、ロシアがモンゴルの選挙に介入し、ロシアの意に沿うような行動を始めれば、私たちの民主主義が維持できるのか定かではない。

そのため、もし、天然ガスパイプラインが建設されることになれば、モンゴル・ロシア・中国の3ヵ国による合同会社を設立し、株式を公開し、政治的な干渉を受けない取締役会であるようにしなければならない。

狭き回廊

国の国境を防衛し、国内には法による支配を確立し、国内外で紛争が発生しないようにすること。これは政府が最も注意を払うべきことである。だが、「目ヤニを取ろうとして目を刺す」ということわざにある通り、私たちは政府の権力を異常に拡大させないように監視しなければならない。特に少数の人間に権力が集中してしまえば、状況はより危険になる。いかなる国でも1人の人間による独裁を許せば、国がどの様な状況に陥るかを他国の事例を見れば明らかである。

どうすれば独裁国家への道へ滑り出さず、どのように法律を守り、安全保障を確立できるかを私たちは正しく理解し、そのための努力を個人個人が惜しんではならない。これについては、多くの世界の国々の歴史や実態を研究して書かれた「Narrow Corridor(著者:ジェイムズ・A・ロビンソン、ダロン・アシモグル)」に具体的かつ的確に記述されている。

ジェイムズ・A・ロビンソンとダロン・アシモグルは、「政治と社会の両方が強くあってこそ国家は発展し、国民は幸福に暮らすことができる」という。政治は暴力や独裁を止め、国民に保健や教育といった基幹サービスを提供し、コンプライアンスを重視することができていなければならない。また、社会も強く政府を監視し、政府に要求し、参加できていれば、政治と社会の力のバランスは長期において安定して維持される。その上で政府という組織は発展し、強化される。

しかし、この政治と社会のバランスを保つことは「言うは易く行うは難し」で、私たちは過去30年間、失敗も成功も数多くある道だと身を持って経験してきた。モンゴルは社会主義という政治体制の崩壊後に、議院内閣制民主主義体制の道を選び、基本的人権と自由を手に入れた。これは中央アジア諸国とモンゴルの違いである。しかしながら、モンゴルの国民は市民社会を強化させる運動を十分に実現できずにいる。

私たちが今後30年間で、この狭き回廊を見つけ継続して発展できれば、モンゴル国は世界でも最も安全で幸福な国家となるだろう。

ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン