香港大学の教授でもあったトニー・クオック氏は、汚職・腐敗防止の分野で、44年間に渡り世界26カ国で業務にあたってきました。トニー・クオック氏は、香港の廉政公署の副長官、アジア開発銀行の腐敗防止の戦略的管理に関するエグゼクティブ認定プログラムコースのコーディネーターを歴任しました。現在は、モンゴルの腐敗対策能力向上のための支援プロジェクトの顧問を務めています。

J(ジャルガルサイハン): こんにちは。あなたはモンゴルに来られるのは、これで何度目ですか?

トニー・クオック: こんにちは。私は2007年に初めてモンゴルを訪れました。モンゴルの腐敗防止機関の設立に当たって、コンサルティングを行うためでした。今回でかれこれ14回目のモンゴル訪問になります。最後にモンゴルに来たのは2010年でしたから、実に9年間ぶりになります。

J:  モンゴルは「腐敗の防止に関する国際連合条約」に批准し、腐敗防止機関を設立することが要求されました。それから12〜13年間が経ちますが、この組織の成果をあなたはどう見ていますか。

トニー・クオック: 私はモンゴルの腐敗防止機関が設立された2007年から2010年までの3年間、この腐敗防止のための組織の立ち上げに関わってきました。ですからその期間のことしか詳しく分かっていません。私の覚えている限りでは、2007年に1つの興味深い統計がありました。当時の世論調査によると、人口の74%が、モンゴルの腐敗は非常に深刻なレベルに達していると考えていました。その後、2010年に私がこの組織の設立の仕事を終えたとき、この数字は64%となっていました。状況は劇的に改善されたとは言えませんでしたが、着実に人々の感じ方は変わってきていました。2010年以降のことはよく分からなかったのですが、今回モンゴルに来て、様々な人と会って話をする中で、この腐敗防止のための組織は人々の期待に十分に応えられなかったことが分かりました。しかしながら、依然として腐敗防止機関はこの国で重要な役割を果たしていますし、世論調査からは腐敗の数、とりわけ少額の腐敗が減ってきたのが分かります。それでも腐敗は依然として深刻な問題であると考えています。これはあくまでも私の推測であり、おそらくあなたの方がモンゴルの腐敗について私よりもよくご存知だと思います。

J: あなたが最後にモンゴルに来た2010年からほぼ10年の月日が経ちます。私の考えでは、この国の腐敗が深刻な問題となっていると考える人の割合はもっと高く、80%くらいになっていると思います。少額の腐敗が減少したとしても、政党の資金調達に関連する腐敗は増加していると思います。政党は権力をお金で買い、一部の裕福な者たちが国民の私たちを騙しているという状況になっているのではないかと考えます。

トニー・クオック: もちろん私はその問題について調査します。なぜなら、今回私はアジア開発銀行の依頼でモンゴルに来ました。私が来た目的は、腐敗防止法の執行の実効率を評価することです。これから私は、モンゴルの腐敗防止機関、検察庁、裁判所が効率的に機能しているかを調査することになります。ですからこの質問には6ヶ月後により具体的に、より現実的にお答えすることができると思います。

J: ということは、あなたは調査の報告書を6ヶ月後に出すということですか。

トニー・クオック: その通りです。今回の調査では、対処すべき問題を特定し、その解決方法についてのアドバイスも立てるつもりでいます。

J: 私はここ10年、腐敗問題についての記事を書き続けてきました。全ての大きな汚職・腐敗事件を調査し、分析して記事にしてきました。モンゴルでは、2人の元首相、1人の元財務大臣、そして国営企業の経営に携わる人物を贈収賄の罪で逮捕しましたが、一ヶ月程度の取り調べをして釈放しています。そして国民に対して一切説明しません。逮捕する時は、その理由を少しは説明しますが、その後の過程を誰も知ることができません。あなたは現行の法律の執行について話されました。とても重要な問題です。私個人としては、今日のモンゴルの腐敗との戦いにおいて、最も脆弱な点は法執行機関だと思っています。贈収賄事件に法執行機関が何らかの形で関与しているということは、とても残念に思います。現在の私の所見はその様なところです。では、腐敗防止における検察官の役割を詳しく説明してもらえないでしょうか。この質問をする理由は、2年前にモンゴルの腐敗防止機関は400以上の事件を捜査し、検察庁に送検しましたが、その半分以上が不起訴になりました。正式に起訴されたのは、わずか20件ほどの事件でしたが、そのどれもが有罪になることはありませんでした。このようなことがあってもいいのでしょうか。検察庁の役割は、本来どうあるべきなのでしょうか。

トニー・クオック: それも私にとってはこれから調べるべき問題です。ですが権力者や大手企業のトップに関連する汚職事件について、私が経験から学んだことを話しましょう。逮捕当初は事件について国民に知らせますが、2ヶ月後には釈放し、それ以降何の情報もなく話題にものぼらなくなります。香港や他の国での私の経験から、そのような大きな汚職事件の捜査を1ヶ月で終わらせることは、実際には不可能です。このような事件の場合、容疑者を釈放することで捜査が終了したということではありません。一方、それ以上捜査を続けない場合は、腐敗防止機関がその理由を国民に説明するべきです。腐敗防止機関が何の説明もしていないということは、捜査がまだ続いている可能性もあり、捜査の詳しい内容を公表するのが妥当ではないと考えているのかもしれません。

検察官は、腐敗防止にとても重要な役割を果たしています。優秀で能力の高い検察官がいれば、腐敗防止の実効性が上がります。一方、能力もなく自らが腐敗に手を染める検察官がいる場合は、腐敗との戦いが完全にストップされます。

インドネシアの例を紹介しましょう。現在インドネシアでは学生による反政府デモが激しくなっていることがニュースで流れています。非常に広範な反政府デモです。この反政府デモが起こった原因は、インドネシアの腐敗防止機関の権限を縮小させ、独立性を危うくした法律が国会で可決成立したことです。その腐敗防止機関の名は、国家汚職撲滅委員会の英語表記の頭文字をとりKPKと言います。KPKは、他国と比較した場合、それまで効率良く職務を遂行していました。インドネシアでは、腐敗が深刻であったことは既に周知の通りです。2002年に国民の強い圧力を受けて、独立した組織であるKPKが設立されました。そして、法律はKPKに携帯電話の盗聴など、非常に強力な権限を与えていました。法的な後押しもあり、KPKも十分な結果を出すことができました。しかし、KPKの努力を妨害していたのは検察庁だったのです。KPKがいくら努力し、犯罪を暴き、証拠を収集しても、検察庁に送検したらそこで事件が止まってしまうのです。ですから、こういった問題を解決するために、インドネシアは法改正をし、KPKに検察庁と同じ権限を与えました。KPKは、能力のある法律家を検察官として雇うことになりました。これにより、KPKが事件を捜査し、KPKで働く法律家が検察官の立場で事件捜査を監視し、起訴することになりました。しかし、今度は贈収賄に関わる裁判官が問題となりました。裁判所に起訴した事件は解決されず、有罪判決が下されることも少なくなっていきました。

J: モンゴルでも同じような問題が起きていると思われます。

トニー・クオック: この問題に対して、インドネシアではどのような解決策が採られたかというと、贈収賄事件のみを扱う特別裁判所を設置しました。裁判官の中から、最も公平性を保つことのできる裁判官を選定し、試験を実施し、採用しました。外国の刑事事件専門の法律家も裁判官として雇い、全ての贈収賄事件をこの特別裁判所で審議するようになりました。結果はどうなったと思いますか。それまで50%くらいの有罪率だったのが、全ての事件の90%が有罪となり、解決されるようになりました。モンゴルはこのインドネシアの事例を参考に調べる必要があると思います。次に、とても良い仕事をするKPKは、政治家や国会議員を逮捕し、政党を贈収賄犯罪の原因としました。そうすると与党が新しい法律を制定し、KPKの権限を縮小させました。最初は監督評議会というものを設置しました。大統領が監督評議会の5人のメンバーを選任できることになりました。この監督評議会がKPKの仕事を監視することになったため、KPKの独立性が低下しました。なぜなら、KPKを監視するのが、「大統領が選任した人たち」だからです。大統領も政党から選ばれています。この法改正は、その5人に全ての権限を与えてしまったのです。また、この法改正のもう一つの注目点は、携帯電話の盗聴許可をKPK長官からではなく、監督評議会の5人が判断することになったことです。

J:  KPKは盗聴する前に監督評議会から許可をもらうということですね。

トニー・クオック: そうです。KPKの権限は非常に限定されました。またこの法改正は、現在捜査している事件の秘匿性にも関わってきます。それから、モンゴルととても似ている状況が発生しました。それは、法改正により取り調べ中の全ての事件の捜査を中断し、2年以上取り調べが続いている事件を不起訴にする法律を制定しました。モンゴルで起きている公訴時効による無罪放免の問題と似ていますよね。そこで、大学生が反政府デモを始めました。その結果、大統領は自身に提出された法律を取り消すとの約束をしています。

J:  これは法の執行が停止するということですか。

トニー・クオック: はい。一時的に停止します。これはとてもいい例です。モンゴルはこのように他の国を参考にしながら、問題を特定していくことができると思います。まず、腐敗と戦う政治的意思があるかどうかから始まります。もちろん、あると答えるでしょう。しかし、本当に政治的意思はありますか。政治的意思があるかどうかを確かめる方法は3つあります。1つ目は、腐敗防止機関に十分な人手や予算を与えているかどうか。香港と比較してみましょう。香港はなぜ腐敗防止が効果的に働いているかというと、全部で1400人の職員がいます。香港の人口は700万人です。モンゴルの腐敗防止機関には170人の職員がいます。モンゴルの人口は300万人です。香港をいい例だとすれば、モンゴルには170人ではなく、700人の職員が必要だということになります。香港の1400人の職員のうち、1000人が捜査官です。ということは、香港では1000人の捜査官が贈収賄事件を捜査しているということです。もちろん、私たちは政治、民間企業、銀行または選挙のときの贈収賄事件も捜査しています。それでも、1000人の捜査官が必要なわけです。モンゴルの腐敗防止機関には、現在何人の捜査官がいるか知っていますか。

J: いいえ、分かりません。

トニー・クオック: これはあなたより私の方が知っているようですね。モンゴルの腐敗防止機関の捜査官は30人しかいません。果たして30人でモンゴルで起きている全ての贈収賄事件を捜査できるものなのでしょうか。

J: 腐敗と闘う政治的な意思を確かめる一つ目は、十分な人手や予算なのですね。二つ目はなんですか?

トニー・クオック: 二つ目は、法的環境です。これは法律で正しい規制が整備されており、適法な権限を有しているかどうかです。これで何を言いたいか、もうお分かりでしょう。例えば、法律の条文を分析すると、公訴時効の問題が出てきます。これは良くない法律だということです。川からせっかく大きな魚を釣りあげても、再び川に戻してしまうのと同じことです。

J: この法律のせいで400以上の事件が未解決のまま終わろうとしています。今、国会で議論されてはいますが、今のところ結論は見えずにいます。

トニー・クオック: これは先程申し上げたインドネシアととても似ている状況です。政治的意思があるかどうかを見るもう一つの方法は、腐敗防止機関への政治的圧力の有無です。腐敗との戦いにおいて、政治的圧力が多いかどうかを計ることができます。もし、腐敗防止機関が政治や国民から多くの批判や苦情を受け、政治的圧力を受けている場合、汚職捜査は難しくなります。香港では、誰かが腐敗防止機関に対して圧力をかけようとすれば、法執行機関の公務執行を妨害したと理由で直ちに逮捕されます。2年前にそういった事件がありました。中国全土の国会議員として、香港からは30人くらいの代表者が選挙で選ばれます。その代表者の1人であった人物が香港に持っていた会社を腐敗防止機関が捜査していたため、その代表者は自分の会社に対する捜査を止めさせるよう、香港の行政長官に対してメールを送りました。行政長官はそのメールを腐敗防止機関に送り、翌日には腐敗防止機関が彼を逮捕しました。彼は2年間の懲役刑に処せられました。独立性とは、とても重要な問題であり、腐敗との戦いに勝利することを保証するものなのです。

J: モンゴルでは、捜査対象の人が裁判官や腐敗防止機関のトップと会い、彼らの仕事を妨害してしまうケースが多々あります。香港では腐敗防止機関や政府の権力者と電話で話すことも犯罪になるのですか。

トニー・クオック: はい、なります。基本的にこのような犯罪に科す懲役期間には上限がありません。コモン・ローの国では、正義の実現に反する行為は犯罪とされ、無期懲役が科される場合もあります。モンゴルもこういった政治的関わりや圧力を規制する法律を整備すべきです。

J: ご存知だと思いますが、これらの贈収賄事件が国の発展を妨げ、適切な処罰もされない結果、国民の国家への信頼がどんどん低下してきています。国民は、韓国・スウェーデンなどの外国に渡ることが日常になりつつあります。

トニー・クオック: とても大事なことをお伝えします。香港の腐敗防止機関の話をすると、香港には十分な資金があるため、腐敗防止機関に十分な予算を配分できるでしょうと言われます。本当のところは、腐敗防止機関の予算は、香港政府の全予算のわずか0.18%にすぎません。腐敗によって政府はいったい幾らのお金を失っていると思いますか。おおよそ10%か、それ以上です。ということは、経済的に考えてみれば、予算の0.18%を出す代わりに10%を浮かすことができるというわけです。

トニー・クオック * ジャルガルサイハン