シンガポールは60の小さな島々からなる総面積720平方キロメートル、人口560万人の都市国家である。人口密度は世界2位であり、国民1人当たりのGDPは10万6千ドルで世界3位(IMFによるデータ)である。1963年、イギリスの植民地から独立を宣言したこの小国は、かつて貧しく、ハエや蚊が飛ぶ村だった。どのようにして世界金融の中心地となるまで急速に発展できたのか。その秘密を多くの研究者が探求している。この国では工業、サービス業が発展し、16万の多国籍企業の本社が所在している。

シンガポールでは国民それぞれが快適な住宅を保有している。平均寿命は84歳で、教育、医療、社会保障において世界で最高水準にある。

発展のシンガポール・モデル

シンガポールの政治、経済、社会体制はとても独特なものである。外部から見れば他の民主主義国家のように多政党であり、選挙は定期的に行われているが、1959年以降唯一つの党(PAP-People Action Party/人民行動党)が圧倒的に勝利してきた。そのため、この国は一党独裁政権といえる。経済においては自由貿易が行われているが、国土全体の80%を政府(シンガポール土地管理局)が所有し、住宅全体の80%を国有企業が建設し、管理している。

シンガポール・モデルの根底にあるものは、公を個人より優先する孔子思想に基づいた中国型の体制である。公共に対して誠実に仕えるという理念は、この思想の礎である。今日、シンガポールの人口の40%が外国人定住者であり、国民全体の3分1は中国系であるため、この思想に基づいた政策が成功したと考えられている。

行政の能力は高く、道徳感があるため(腐敗が最も少ない国として世界第3位となる)、社会・経済政策、あらゆる意思決定を迅速に行い、責任を持って実行することができる。この政策について、シンガポール建国の父と言われ、1959年以降31年間にわたって首相を務めたリー・クアンユー氏は「私たちは政府に最も優秀な人材を登用する」と分かり易く定義した。

能力と道徳感のある体制を構築できたことを、シンガポール経済を牽引してきた2つの大手投資会社からみることができる。テマセク・ホールディングス社(2019年時点での資産は3,130億ドル)とシンガポール政府投資公社(世界第8位のソブリン・ウェルス・ファンドで資産は3,900億ドル)は、国内のみならず、世界中の金融拠点で投資活動を成功させてきた。このようにシンガポールには発展の独特なモデルがある。

シンガポールの住宅政策

シンガポールは、全国民に住宅提供を進めることが成功した世界でも数少ない国の一つである。1959年当時、全国民の9%が住宅に住んでいた。しかし、現在は国民の90%が住宅に住んでいる。シンガポールでは住宅の80%を政府の住宅開発庁が建設し、供給、管理している。

この住宅開発庁は、今日まで約100万戸の住宅を建設し、供給してきた。国民が住宅に入居する機会を政府の「中央積立基金」(この基金については次号の論説で詳述する)が提供している。

住宅開発庁は、住宅化を進める際に次の4つの原則を厳守してきた。

  1. 購入者の所得に応じていること。
  2. 入居する住宅が完成していること。
  3. 社会インフラへのアクセスが可能であること。
  4. 住宅は多種であること。

住宅開発庁は、住宅の形態、外部環境、公共のニーズを慎重に計画するだけでなく、国民の購入条件や機会を多面的に勘案し、提供している。住宅開発庁が建設する住宅は、民間企業が建設した住宅より約30%安価である。また、年金口座だけがあれば、頭金なしで住宅ローンを受けられるなど、国民にとって住宅購入しやすい仕組みとなっている。

重要なのは、最初から住宅と社会インフラを様々な角度から考えて計画し、建設しているということである。また、住宅の建設を計画する際に、住民の所得差、公共交通機関などのサービス提供、質の高い教育の提供、医療サービスへのアクセスなど、あらゆる問題を包括的に解決することを重視している。

住宅開発庁は、2017年には国民に12億シンガポールドル(SGD)の住宅購入支援を行った。この支援は3種類ある。

  1. 中央積立基金(CPF)住宅補助金(Enhanced CPF Housing grant)
  2. 家族補助金(Family Grant)
  3. 近接住宅助成制度(Proximity Housing Grant)

新規に住宅を購入する場合は、所得によって最高8万SGDまでの補助や減免を受ける(図表1)。しかし、中古住宅を購入する場合は、補助額は12万SGDまでとなる。

図表1. 新規に住宅を購入する人向けの補助

コミュニティ文化の構築

独立前まで、マレー系、中国系、タミル系の民族はそれぞれ島の各地に定住していた。1960年代以降、この状況を国の政策で変えた。スコッターやスラム街を一掃し、新たに集合住宅を建設した。住宅の間取り、共用部分や施設のデザインなどは各民族のニーズや特色を考慮するようになった。

このような集合住宅には「カンポン」といって隣人同士が一緒に体操や水泳を楽しみ、子どもを遊ばせる環境が整備された。次に、住宅を分譲する際には民族それぞれにクォータを交付する。さらに隣人同士の人間関係やコミュニケーションを構築するためのプログラムも実施されている。シンガポールは新しく形成された民族である。

シンガポール・モデルはモンゴルで実現可能か?

アメリカの政治学者ファリード・ザカリアは、初めてシンガポールを訪問した際、「シンガポールの発展モデルは何だと思いますか?」との質問に「シンガポール・モデルというものはなく、リー・クアンユーがいるのみだ」と答えたという。彼はさらに「もし、新興国にリー・クアンユーのような人物がいるならば、直ちにシンガポールと同じ道を歩むべきだ」と言った。シンガポールの発展モデルは、リーダーによる体制でもある。

モンゴルの場合は、1人のリーダーではなく、多くの人が議論し、意思決定する民主主義体制を既に選択している。そのため、モンゴルにおける「リー・クアンユー」は、思想において団結した強力な政党であり、国民に認められた党のリーダーである。

今日、そのようなリーダー的政党は、モンゴルではまだ出現していない。だが、モンゴルは成功も失敗も経験しながら歩んでいる。だから、いつかはそのような政党が出現すると思っている。それまでの過程において、民主主義、基本的人権、自由、個人の責任というものがより発展し、強化され、モンゴルの大地に根付いて繁栄するだろう。

国民の住宅制度において、シンガポールのようなやり方はモンゴルにとって適しているとは思わない。その主な理由は土地問題である。シンガポールでは1966年に土地所有法(Land Acquisition Act)が成立し、政府は国民から個人で所有、もしくは占拠している土地を公共のために取り戻す権限を得た。この法律により、現在は国土全体の80%を政府が所有するようになった。これがあまねく国民に住宅を供給できる制度を構築する基盤になった。

個人が土地を所有し、その所有権を法律で保護しているモンゴルにおいて、これは実現不可能である。なぜならば、モンゴルとシンガポールは国土や人口密度、歴史的背景、文化・伝統の特色など、多くの面で異なる国だからだ。そのため、シンガポールの制度はモンゴルには馴染まない。しかし、シンガポールの発展のモデル、その中でも特に都市開発、住宅政策から参考にできるものは少なくない。特に参考にしたいものは、国民に対する平等な機会の提供、所得に応じた住宅の供給、住宅のアクセス条件についてだ。モンゴルでシンガポール・モデルを研究し、実施する可能性はある。 最後に、公務の功績(Merit)制度を明確に定めなければ、民主主義国家であれ独裁国家であれ、成功はしない。

ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン