2050年ビジョンへの批判3:経済

春期国会では、モンゴル政府の「2050年ビジョン」長期政策計画を協議する事になっている。この2050年ビジョンの文書で、経済についての記述には、実に興味深いアイディアや目標を見ることができる。これからの30年間で、モンゴル経済は6倍にも成長し、GDPは780億ドルに達し、国民1人当たりのGDPは4倍に増加し、15,000ドルになるとある。これは今日のチリ、ポーランド、クロアチア共和国などと同じ水準に到達することを意味している。

この2050年ビジョンによると、30年後には「モンゴル経済は構造的に劇的な変化を迎え、加工産業及びその他の新たな分野が発展し、経済は多様化している。モンゴル経済の海外市場への依存は無くなり、消費経済から生産経済へと移行し、経済構造は次の主要分野で定義される」ようになるとある。

図1.経済の主要分野の発展がもたらす成果(2050年ビジョンより)

政府のこの2050年ビジョンの政策文書には、国及び経済においてどの様な成果がもたらされるかについての記述はあるものの、それがどの様な方法で、どの様に目標を達成するかについての具体的な記述はない。このビジョンに掲げられているような経済構造を政府主導で創造していくのか、もしくは民間主導なのか、発展の主な原動力である「市場原理」で行くのか、もしくは他の原理に頼るのか、具体的な記述は一切ない。

教訓から学ばず

私たちは経済の構造改革を行わなければならないとこの20年間話してきた。モンゴル経済の半分、輸出の殆どが鉱物資源に頼っている。このような資源国が絶えず困難や試練に直面し、経済の成長と低迷が政治・社会生活にどれ程強く影響を及ぼしているかを、私たちは過去20年の間に十分に経験してきた。だが、それを教訓として学ぶことができていない。

図2.鉱業やその他の分野の輸出に占める割合出典:経済研究所(ERI)

モンゴルの経済成長に伴い一部の製品輸出量は増加したが、全体の割合は増加していない。世界でモンゴルのような経済構造をもつ国は、しばしばレント※やオランダ病に侵され、資源の罠に陥ったなどと言われることがある。このように言われる国の一部は、保有する天然資源を利用し中所得国になることはできるが、資源国の殆どはさらなる成長のために経済の多様化を図ることは避けられない。しかし、天然資源が豊富な国々において、レントのための争いが政治や経済を弱体化させ、資源の罠に陥る事が多い(ポール・コリアー、「最底辺の10億人」)。

モンゴルでは、公共ガバナンスが弱く、政権与党となる政党の資金調達は秘密な部分が多い。そのため政権は安定せず、腐敗がはびこり、司法制度は独立することができない。そのため、モンゴルの競争力は低く、石炭や銅などの鉱物やカシミア以外の製品を国際市場に供給し、経済の多様化を図ることができていない。

図3.2019年度の輸出、品目(出典:国家統計局)

2019年の鉱物以外の製品輸出の割合は16%にとどまっている。その主な理由は、モンゴル政府が自ら発令した決定を実行できていないことにある。政府は1998年に「輸出生産を促進するプログラム」を打ち出し、国家委員会というエージェンシーまで立ち上げたが、成果を上げることはできなかった。その後、2013年に「輸出促進プログラム」打ち出したが、これも結果を出すには至っていない。そして最近では2018年に「モンゴル輸出」いうプログラムを打ち出している。

モンゴル政府が打ち出してきた政策やプログラムは、なぜ結果を残すことができなかったのか。それは、何かを調査することも、分析することもなく、プログラムの実行過程や結果などを評価しない。プログラムの監視や失敗しても責任追及もしない。政治家は何事も未来形で話すため、経済の多様化政策は画に描いた餅のまま今日に至った。最も深刻な問題は、政府要職に就く者がその立場を利用し個人ビジネスを営むことが慣例化し、政治のクライエンテリズムが構築され、さらにそれが法的にも保護されていることにある。モンゴル政府はこの教訓から学ぼうとしない、学ぶ気もないのである。 政府は賢明な政策を打ち出し、それを持続的かつ積極的に実行し、鉱業への依存度を下げ、多様化した経済構造を構築しなければならない。そのために諸外国の事例から何を学べるかを探らなければならない。

チリ財団

南アメリカに位置し大西洋に面している人口1,900万人のチリ共和国は、天然資源に依存した経済構造を改変し、世界で競争できる輸出分野を構築するための取り組みを長年行ってきた。

今日、チリの輸出全体の半分を銅、残りの半分をピーナッツ、果物、ワイン、牛肉、魚介類、木工製品などが占めている。これらの製品を世界市場に輸出し、国際競争力を付けるために政府と民間が協力している。政府と民間が締結した多角的契約交渉において、輸出を促進する政府の政策と組織が重要な役割を果たした。

今日では、チリが供給する漁業製品は世界消費量の8%になる。1970年代、チリの漁業分野にアメリカや日本の企業が参入したが、あまり成功しなかった。それら業績が良くなかった外資企業を、チリ政府と民間が共同出資した「チリ財団」のイニシアチブで設立されたサルモネス・アンタルティカ社が買収した。サルモネス・アンタルティカ社はノルウェーの成功を研究し、その技術を導入したことによって生産力が急増した。また、日本政府と協力してプロジェクトを実施し、外国投資を誘致することができた。

当初、チリの漁業分野に参入していた企業はたった4社だったが、10年間で200社に増え、生産クラスターを形成した。サルモネス・アンタルティカ社は同国初の大規模投資を行い、サーモンの養殖、技術、知識や経験を民間企業と共有し、自国企業に競争力を付けた。

同様の方法で、世界規模のフルーツ産業を作り上げた。以前はリンゴ、ブドウという2種類のフルーツだけを生産していたが、今日のチリでは20種類ものフルーツを生産し、ラテン・アメリカの最大のフルーツ輸出国となった。

フルーツの生産が成長するに伴って、国内だけの消費を賄ってきたワイン生産分野も成功した。ビジネスが拡大し、チリへの外国企業の進出は、同国へ新しい技術と投資をもたらした。現在、チリは世界のワイン市場で第4位となり、ワイン輸出大国となっている。

この成功の背景にチリ政府は、政府と民間企業が共同出資したチリ財団が、当初から多様化を図る分野の調査(R&D)を着実に実施し、事業計画を継続的に実行してきたことが大きいと言う。チリが直面していた最大の課題は、能力のある人材不足であった。そのため、アメリカのカリフォルニアに農業分野専攻で約80人の学生を留学させた。このプログラムにアメリカの「フォード財団」が資金を拠出し、現在の価格で言えば、およそ2億ドルを費やした。

チリはまず多様化を図る分野を定め、その分野の人材育成プログラムを作成する際にアメリカと協力し、フォードやロックフェラーなどの民間慈善団体から支援を受けた。その支援はチリ大学や研究所に必要な機材や人材の投資に回された。

海外の消費者のニーズに応じた高品質な製品を国内生産する上で、チリの大学や研究所は全面的にサポートした。製品の研究開発、品質管理において企業と協力してきた。そうして作られた製品の輸出を担当する政府エージェンシー(ProChile)は、民間企業に個別の支援を行っている。例えば、チリワインを世界的なブランドに育て上げるためのマーケティング費用の半分を、この政府エージェンシーが拠出した。

輸入製品の国内代替、また競争力のある輸出製品の生産を目指すProChile、Corfoなどの組織は、チリの多様化の成功に多大な役割を果たしてきた。このように、経済の多様化と成長を遂げ、新しい分野を創造・拡大し、チリは今では世界市場においてビッグ・プレイヤーとなっている。

30年後の彼方に

30年後、モンゴル人の生活水準は今の4倍に向上しているかどうかは、政府がどれほど透明性を持ち、腐敗が減少しているかによる。その他の要因は十分である。経済の多様化を図る分野を適切に選ぶこと。政府と民間企業は共同で調査を行い、戦略を練ること。必要な投資を整備すること。国内外で人材を育成することなどの取り組みが私たちには必要である。

最初の企業は政府と民間企業の合同であることが望ましい。そして、経験や知識を民間企業と共有し、普及させた後に民営化することが可能である。また、既存のすべての国有企業を株式会社にし、証券取引所に上場させること。その際に政府の保有株式を35%までと定め、会社が成長するにつれて10%毎株式を売却し、その収入を新たな分野の開発・調査に当てるプログラムを打ち出すことが効果的である。

政府はあくまで監督や審判であり、プレイヤーになることを避けなければならない。そして価格を自由に設定し、市場参加者に対して公正・公平な競争環境を構築し、長期的にみて適切な計画を作成する機会を民間企業に与える時が来ている。 これらをやり遂げなければ、2050年ビジョンは霞のように遠くなり、近づいてこない。

ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン

※レントとは、経済において実際の費用を超過した超過利潤を得ることを言う。これは天然資源保有国に広く見られる問題である。簡単に言えば、労せずして高い利益を得ることをレントという。政府の様々な特別許可、規制などを利用し超過利潤を得る現象である。政府の権力を利用し、労せずしてビジネスをしようとする人や団体を「Rent-seekers」という。