モンゴルのフレルスフ首相は2019年12月3日から6日にかけてロシアを公式訪問した。首相の訪問中、多数の会談が行われ、いくつかの両国間の公式文書へ署名がされた。その中で、天然ガスパイプラインをモンゴル国内に通過させることで合意に至ったことを特筆したい。モスクワへ首相に同行したU.エンフトゥブシン副首相とロシアの国有企業ガスプロム社のアレクセイ・ミレル社長が覚書(MOU)に署名した。またこの日、天然ガスパイプライン「パワー・オブ・シベリア1」の正式な開通式も行われた。

モンゴル政府は、ロシアと中国に天然ガスパイプラインのモンゴル通過案を20年近く提案してきたが、この二ヵ国は最近まで明確な回答をしてこなかった。しかし、最近になりロシアと中国は、天然ガスパイプラインのモンゴル通過を決定した。では、なぜロシアと中国の首脳たちは、モンゴル政府の提案を受け入れ、このような決定を下したのか?これには、隣国であるロシアと中国にとっての地政学上の風が吹いたことに影響し、この二ヵ国は最も短距離かつ障害が少ない草原の道を選ばざるを得なくなったからである。

ロシアのもう一つの出口

現在、ロシアは全世界の天然ガス埋蔵量の20%、生産量の17.3%を占めており、世界最大の天然ガス輸出国となっている。ヨーロッパは、天然ガスパイプライン経由で輸入している天然ガスの5分の1をロシアに頼っている。ロシアの輸出額の63%、ロシア連邦予算収入の約半分が石油、天然ガスによるものだ。

ロシアが2014年にクリミア半島を占領したことをきっかけに、アメリカをはじめ西欧諸国はロシアに対する経済制裁を発動した。これがロシアの輸出を激減させる危機に追い込んでいる。ロシアはウクライナを経由する総延長1,240㎞の天然ガスパイプラインで、年間1,420億立方メートルの天然ガスを輸送していたが、政治的リスクはより一層高まるばかりである。このルートの代替となるのが、ロシアがドイツと協定を結び、バルト海を横断してドイツやヨーロッパの一部の国に年間550億立方メートルの天然ガスを送る「ノルド・ストリーム2」である。このノルド・ストリーム2は2020年半ばに開通する予定だ。だが、国際社会からの経済制裁を受けている現状では見通しが立っていない。

先日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は「西側諸国はロシアに対する制裁をウクライナが国土を取り戻すまで続けると約束した」と発表した。こういったウクライナとロシアとの対立もあり、ウクライナを通らないトルコ経由で東欧諸国に天然ガスを供給するトルコ・ストリームは2020年上旬に開通する予定である。総延長1,100㎞、年間315億立方メートルの天然ガスをブルガリア、セルビア、ハンガリー、スロバキアなど東欧数ヵ国に供給するこのパイプラインは、アメリカの液化天然ガスより安価で、かつそれらの国から制裁を受ける可能性は比較的に低いと期待されている。

ロシアはヨーロッパと競争できるだけの力をもつアジア、とりわけ世界最大の市場を有する中国に天然ガスを供給するプロジェクト「パワー・オブ・シベリア1」を2014年に開始した。泥沼が多く、永久凍土に覆われたシベリアタイガ(針葉樹林)を通り、中ロ国境までの総延長3,000㎞のパイプラインが建設された。中国側は上海から引いた総延長3,500㎞のパイプラインが敷かれ、接続するこの大規模プロジェクトは先日、開通したばかりだ。

このプロジェクトは、開通後5年間で軌道に乗せ、2025年からは年間380億立方メートルの天然ガスを向こう30年間中国に供給する4千億ドルの取引となった。

ガスプロム社は、この天然ガスパイプライン建設のための費用として550億ドルを見込んでいたが、資材や工事の殆どをロシア国内企業に委託したことや、通貨ルーブルが下落したことなどにより、実際の建設費用は290億ドルになったと、オックスフォード大学のエネルギー研究者たちが分析した。

ロシアは、ヨーロッパ市場におけるリスクを食い止めるために、天然ガス供給の出口をアジアへ求めるしかなかった。「ヨーロッパと中国の間に競争を生むために、またアルタイ・ルートプロジェクトの代わりにパワー・オブ・シベリア2はモンゴルを経由する」とロシアの国家エネルギー安全保障基金のA.Grivich(Rus.Gazeta.19.12.05)副所長が話した。

中国のさらなる戦略

ロシアにとってアジア、とりわけ中国は最も可能性に満ちた市場である。中国の天然ガス消費量は過去2年間で33%増加し、2024年には全世界の天然ガス消費量の40%を占めると言われている。そのため、中国はロシアに接近し、「パワー・オブ・シベリア1」という大規模プロジェクト契約を締結した。しかし、このパワー・オブ・シベリア1が完全に稼働するようになっても、中国の液化天然ガスの年間輸入量のたった20%を占めるにすぎないという。

The Japan Times(19.12.05)紙は、「中国とロシアの天然ガス協定が日本に影響を及ぼす。ロシアの天然ガスは、他の供給元より安いため、世界のエネルギー市場の価格を押し下げ、貿易ルートを変える。以前からの中国へのエネルギー供給者であるオーストラリアはビジネスの機会を失うだろう。しかし、長期的にみてこれは日本にとって有利になる」と記した。

また同紙は、「ロシアと中国のこの協定は、中国の貿易取引高がまもなく2千億ドルに達することにも影響する。両国の戦略上、この協定はアメリカの影響力を減らすためである」とも記している。

2018年から続く米中貿易戦争を受け、中国はアメリカから輸入していた液化天然ガスの税率を今年6月に10%から25%へと引き上げた。昨年、中国がアメリカから輸入した天然ガスは25億立方メートルだったが、2019年以降減少に向かうと言われている。

石炭の使用量を削減する要求を受け、インドや東南アジア諸国の天然ガス消費量は増加傾向にある。中国の天然ガスパイプラインがより広範囲にエネルギー網として繋がる可能性が高い。その時、中国へロシアの天然ガスを輸出する機会と必要性が増すだろう。

天然ガスをパイプラインで送るネットワークが拡大するにつれ、液化天然ガスの取引が減少する傾向になりつつある。

モンゴルの新たな試練

このように地政学的な新たなうねりを目の当たりにして、天然ガスパイプラインが他国を経由することを拒んできた中国は政策を変更してきた。ロシアも費用がかさむ険しいアルタイ山脈を通りウルムチ市まで続くアルタイ・ルートではなく、山脈も泥沼もなく、最大消費地である北京に届く最短ルートとなるモンゴルの草原を貫くルートを選ぶことにした。

ロシアとモンゴルの両国政府は、共同で所有しているウランバートル鉄道の路線に沿って総延長1,060㎞の天然ガスパイプラインを建設することで合意している。天然ガスパイプラインの具体的な図面作成や実行可能性調査を2年以内に実施し、その後4年以内に建設を完了させることが可能だとロシアのVYGON Consulting社のD.アキシン代表は語った。(Коммерсанть.19.12.04)

総延長10万kmの天然ガスパイプラインを建設した経験のあるガスプロム社にとって、モンゴルを通過する天然ガスパイプラインプロジェクトは難しいものではない。ロシアと中国は、天然ガスの取引価格で合意に達し、モンゴルは通過料をドルもしくはガスで徴収する。モンゴルの国境まで、途中イルクーツク州にガスは供給される。

モンゴルを経由し、年間380億立方メートルの天然ガスを送るパイプラインは、モンゴル経済にどのような影響をもたらすかについては、「天然ガスパイプラインがモンゴルにもたらす利益」という私が1年前に書いた記事に詳しい。

だが天然ガスパイプラインがモンゴルを通過することに関して技術的な問題もある。モンゴル、ロシア両国の担当者が署名した天然ガスパイプラインの建設は、すべての当事者に利益を生むだろう。ただ、この大きなプロジェクトがモンゴル政府の不透明性、腐敗に侵された政治家たちによって、あの第5火力発電所建設プロジェクトのように、起工式が10回も行われたにも関わらずプロジェクトが立ち消えになってしまわないことを願うばかりだ。

ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン