ドルマー・ニャムフー氏は、モンゴル国立医療科学大学で感染症・公衆衛生を専攻し、医療専門学校を看護師として卒業しました。彼は衛生・バクテリア研究所及び国立感染症研究所で医師や部長を歴任しました。2007年から国立感染症研究所所長を勤めている。

J(ジャルガルサイハン): こんにちは。私たちは非常に重要な時期にお会いしています。感染症が広がった場合の対策ですが、モンゴルはどれくらい準備ができていますか。

D.ニャムフー: こんにちは。モンゴルは他の国と同じように感染症への準備対策を備えています。しかしどれほど豊かな国でも、100%の準備をすることは不可能です。ですが、特に新しい感染症には万全の準備をして置くべきだということは世界の常識であり、平時に要した1ドルが非常時の10ドルに匹敵するというゴルデンルールがあります。モンゴルもできる限りの準備は整えています。2009年にH1N1ウイルスが流行してから、モンゴルはこのような新型ウイルスの対策を重視し取り組んできました。今回、ここ10年間の準備が試されているといえます。しかし、それが100%の準備だとは考えていません。どの国も同じでしょう。

J: 国がこういった非常事態に備えるということは、国立感染症研究所に限ったことではないと思います。国や民間の各機関同士の協力関係はどうなっているのでしょうか。H1N1ウイルスの感染時、私たちが得た教訓は何でしょうか。あの時の経験を今回活かすことができているでしょうか。

D.ニャムフー: 2009年のH1N1ウイルス及び2002年に発症したSARSは、各国の感染症対策への警鐘を鳴らすものでした。そして2009年のH1N1感染症以降、モンゴルはこのような感染症に対する準備をしてきました。今回の新型ウイルスは、動物からヒトへ感染し、その後ヒトからヒトへ感染したことが確認されています。ですから、動物病院や出入国管理、緊急即応部隊、国の検査機関など各関係機関の協力が必要であり、これは各省庁が協力して一つの機関のように行動することが要求されます。2017年11月にフレルスフ首相が初めて提案し、その後エンフトゥブシン氏が副首相に就任して制定された重要な政令があります。この政令は第8号政令と呼ばれ、各省庁間の緊急時の対応を取り決めたものです。外国ではハイレベル・ドキュメントと言われていますが、この政令に従い、 各省庁を一つのまとまりにし、陣頭指揮を副首相が担うことになります。なぜなら保健大臣が交通大臣や文部科学大臣など他の大臣に命じることはできませんが、副首相が指揮するのである特定の問題に対して各省が足並みを揃えられるということです。

J: 国としての対応は分かりましたが、このような状況に政府が対応する方法について、世界保健機関からの指導があると思います。SARS以降、2010年代に国際機関からの指導はどう変わってきましたか。その国が指導に従っているかどうかは誰がどのように評価しますか。

D.ニャムフー: 2002年、2003年はSARS が発症し、世界各国はこのような感染症に備える重要性を認識しました。そこで、2005年に世界保健機関は国際保健規則(IHR)というものを策定しました。この影響でモンゴルにも先ほどの第8号政令が制定され、各国でもIHRに準じた保健機関が立ち上げられました。モンゴルの場合は、国立感染症研究所がそれに当たり、他省庁の機関にも情報が提供され、省庁間の連携がうまく機能するようになっています。よって、ヒトからヒトに感染するウイルスが広がった場合は国立感染症研究所がリードし、動物から人に感染する感染症が広がった場合は国立感染症研究所が該当する機関の補助をしていくという仕組みになっています。

J: 動物からヒトに感染するウイルスはウランバートル市だけに広がるとは限りません。地方の県や村との連携ではどうなっていますか。

D.ニャムフー: それは第8号政令によって規定されています。つまり、国単位と同様の仕組みが県や村でも機能します。国家機関が県に対して、県が村に対して、その監督を行っています。

J: では、そういった仕組みの中で、もし今回の新型コロナウイルスのような未知のウイルスに感染した場合、医師や看護師の数、研究所などに関して不足しているものはありますか。ウイルスでも、例えば今回の新型コロナウイルスの感染者がモンゴルの国内で確認された場合、それを検査で断定できるような技術はありますか。

D.ニャムフー: モンゴルでは未知のウイルスなどを季節インフルエンザだと誤認し、あまり注意を払わないことが多くあります。しかし、どのようなインフルエンザでも十分に危険性をはらんでいます。なぜなら、インフルエンザウイルスはその姿を変えていくからです。それで、毎年世界各国が形を変えたインフルエンザとの戦いに挑まなければならないことになります。特にモンゴルの場合は、10月から4月までの間が、最もインフルエンザが広がりやすい季節となっています。この期間に2回のインフルエンザ流行時期が起きます。1回目は、10月から1月にかけて起きます。2回目は、ちょうど春が始まる時期に起きます。この流行時期を乗り越えるために、私たちは世界と協力して努力し続けています。世界の110の国々が加盟する「インフルエンザ協力センター」にモンゴルは2004年から加入しています。世界各国の80以上の研究所の一つがモンゴルのインフルエンザラボとなりました。インフルエンザラボの使命は、全国8地域、156区でインフルエンザに感染した患者からサンプルを集め、検査します。その検査結果は統計情報としてオーストラリア、アメリカ、日本の感染症研究所へ送られます。このように世界中の国から集められたデータに基づき、例えば2020年10月にどのようなインフルエンザが流行するかといった予測ができ、その予防に必要なワクチンを開発し、製造します。

J: モンゴル国内でワクチンを開発、製造できる企業はありますか。

D.ニャムフー: モンゴルにはまだありません。

J: しかし、ワクチンに関してどのようなワクチンをどれくらい準備すべきかが重要ですね。例えばアメリカでは、BSL3というものがありますが、それはどういうものでしょうか。

D.ニャムフー: とても重要な質問です。まず、ワクチン開発にモンゴルがどのような役割を果たしているかについてお話ししたいと思います。先ほどの各国から集められるインフルエンザ感染者からの検査結果を、東京の国立感染症研究所に提供したとします。しかし、そこで検査結果を分析し、全てのウイルスに対するワクチンを開発することはできません。ワクチン開発にはとても高い費用がかかります。ですからモンゴルは、世界各国に対してモンゴルができる義務を十分に履行してきました。その結果、モンゴルはアメリカの感染症研究所から150万ドル〜200万ドル分のインフルエンザワクチンの無償提供を3年間受けてきました。モンゴル政府は、去年まで年間4万5千人分のワクチンを輸入してきました。今年は保健大臣の尽力により、この数が15万9千まで引き上げられる予定です。ですから、十分な数のワクチンを国民に提供できるということです。

J: ワクチンの入手は経済的にも大きな節約になるかと思いますが。

D.ニャムフー: もちろんです。病院の負担、医療品の不足、時間と労力の浪費などを考えれば、ワクチンは大きな費用軽減になります。

J: 毎年のインフルエンザの流行により、経済的にどれくらい損失になるかについて具体的な数字などはありますか。

D.ニャムフー: 何年か前に世界保健機関の経済課がモンゴルを訪れ、インフルエンザによる経済損失について調査をしました。それによるとワクチンが経済的にもたらす利益は非常に高いということが示されました。

J: BSL3についてどうですか。

D.ニャムフー:  BSL3とは、「バイオセーフティレベル3」という実験室や施設の格付けであり、モンゴルにはBSL3の施設はまだありません。どういうものか簡単にいうと、宇宙船のように外から何も入り込まない状態の施設のことを指します。

J: 他の国にはあるみたいですが、なぜこれがモンゴルにはないのでしょうか。BSL3施設の建設を試みたことはありますか。

D.ニャムフー: 2010年に建設計画を立てました。2014年6月に建設が始まり、2015年10月から11月までに完成し、その後、国立感染症研究所で運用するという、20億トゥグルグの契約を民間企業と締結しましたが、未だにできていません。もし完成したら、そこで活躍できる専門家はすでに揃っています。なぜなら、私たちは毎年、オーストラリアや東京の研究所に専門家を派遣し、研修させているからです。

J: この契約不履行に関して対処するのは、国立感染症研究所の責任ではありませんか。なぜ5年間もの契約が遅れているのに、それを許しているのですか。

D.ニャムフー: 国立感染症研究所は責任ある立場でありますし、今までその契約の履行を請求し続けてきました。しかし、このBSL3施設の建設を請負う企業を、保健省が選定しました。私たちはその成果物(BSL3の研究施設)を受け入れる側です。請負企業としては、資金不足などを理由としていますが、保健省や国立監査機関、警察もこの状況を調べています。

J: 20億トゥグルグはもう既に支払い済みなのですか。

D.ニャムフー: 保健省は段階を確認しながら、適切に支払いを行いました。しかし企業側がその義務を履行していない状態です。

J: 今日は話すべきトピックがもう一つあります。ちょうど今、世界中に危機感をもたらしている新型コロナウイルスについてです。現在、モンゴルでは新型コロナウイルスの感染者が確認されていますか。ニュースでは感染している可能性のある人がいるという情報も流れていますが、どうでしょうか。

D.ニャムフー: モンゴルでは、まだ新型コロナウイルス感染者は確認されていません。日本は200セットの新型コロナウイルスの検出器をモンゴルに寄付してくれました。現在、その検出器と今までインフルエンザ認定に行ってきた方法の両方を用いて検査を行っています。ニュースで報道された感染の疑いがある人たちについて、ダルハン市とエルデネト市で行われた検査結果によれば、陰性であることが分かります。2020年2月5日の時点で、国立感染症研究所で新型コロナウイルスの感染の疑いのあるケースが3件あります。オーストラリア人1人、モンゴル人2人ですが、研究所は適切な対象法を取っています。しかし、今後は1000人を収容できるような特別施設を設けるべきだと考えます。現在、国立感染症研究所では、緊急時に50人まで受け付けることのできる施設を保有しています。この施設でも非常時には200人まで広げるのが限界です。

J: もし、モンゴルで感染症に関して緊急事態が発生した場合、隣国であるロシアと中国が協力するというような覚書のようなものはありますか。

D.ニャムフー: 感染症に関する協定はあります。さらに、国際保健機関にアジアの国同士での内部システムというものがあり、24時間365日オンラインで情報共有をし、お互いに協力していく環境づくりはできています。

J: モンゴルで一番多い感染症は何かについて少しお話しして頂けたらと思いますが、どうでしょうか。

D.ニャムフー: 一番に注意を払うべきは、季節性インフルエンザです。季節性インフルエンザに対する準備を十分に備えるために私たちは大いに努力しています。その他の感染症については緊張感を持つほどではなく、現状で対応できる状態です。例えば、新型コロナウイルスの検出器に関しては、日本から既に200セットもらっていますが、世界保健機関から送ってくる3500セットの検出器のうち、最初の500セットが来週送られてくる予定です。2月6日にはウイルスが感染しないための防護服などが世界保健機関の援助で送られて来ます。最悪の場合を考えて、医療関係者が感染しないようにするためには、この防護服の提供がとても重視されています。

J: 季節性インフルエンザ以外に感染率の高い感染症はなんですか。

D.ニャムフー: ヒト免疫不全ウイルス、つまりHIVです。モンゴルでは現在280人ほどの感染者が確認されています。HIVによる死者は40人くらいとなっています。

J: HIVにより死亡した40人は治療を受けていましたか。

D.ニャムフー: 中には、この病気の最終段階で感染が分かった人もいましたし、治療を受けていた人もいました。しかし、最近は以前と比べHIV治療も高度に発展しています。ウイルス自体は排除することができませんが、治療しながら長年生きていくことは可能になっています。基本的に、感染者のからだからHIVウイルスを100%排除することはできません。ただ、HIVウイルスを弱めるだけなのです。HIVウイルスは、人間の体に入ってから自分を増殖しようとします。それに対して、ウイルスが体に入ろうとする邪魔をする治療法、ウイルスが体に入って増えるのを抑制する治療法、ウイルスが体に入って新しくウイルスを生み出すのを邪魔する治療法などがあります。今回の新型コロナウイルスに対しても同じような治療法が有効だと考えられます。

J: HIVウイルスはヒトからヒトに感染していくわけですが、それを抑制するための措置というのはありますか。

D.ニャムフー: まず、薬による治療法によって、他のヒトに感染しないレベルにまで治療することが可能です。HIVウイルス感染者は、国立感染症研究所と契約を締結します。そして治療法に関して、以前は1日にたくさんの種類の薬を飲んでいましたが、今は1日1個の薬で足りるようになっています。これは患者にとっての負担を軽減しています。

J: そのHIV治療薬は国内で販売されているということですね。

D.ニャムフー: はい、そうです。本来の薬価はとても高価なのですが、国が援助をしています。

J: 本日はとても幅広いテーマで話し合うことができました。ありがとうございます。ちなみに、国立感染症研究所には何人ほどの従業員がいますか。

D.ニャムフー: 800人です。外部の者を入れると1000人くらいになります。

ニャムフー * ジャルガルサイハン

【BSL:バイオセーフティレベル】
ウイルス、細菌を扱う施設の格付け。ウイルスはその危険性に応じてグループ1からグループ4までのリスクグループに分類される。BSLは各グループに応じている。グループ2は、重篤感染したとしても治療法があるとされる。インフルエンザはこれに当たる。ヒトからヒトへ感染し、有効な治療法・予防法は確立されていない毒性の強い感染症ウイルスはグループ4に分類される。