アメリカの政治学者、政治経済学者、作家であるフランシス・ヨシヒロ・フクヤマ氏は、1952年にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴで生まれました。1992年に刊行された『歴史の終わり』は、世界中でベストセラーとなりました。コーネル大学で学士号、ハーバード大学で政治学の博士号を取得しました。1979年にランド研究所に研究員として採用され、ジョージ・メイソン大学教授、、ジョンズ・ホプキンス大学教授を経て、スタンフォード大学教授を務めます。趣味は写真撮影で、妻と3人の子どもがいます。

J(ジャルガルサイハン): こんにちは。番組に出演して頂き、ありがとうございます。モンゴルであなたの話を聞ける機会が得られたことを光栄に思います。あなたはモンゴルに数日間滞在します。まずは感想を聞かせてください。

フランシス・フクヤマ: こんにちは。今回のモンゴル滞在は素晴らしく、感動的なひと時です。モンゴルは世界で最も急速に経済が成長している国です(訳注:インタビューが収録された2012年10月当時)。ポスト共産主義の国としては良くできています。しかし、これから厳しいチャレンジが待ち受けているだろうと思い、今後もモンゴルに注視していこうと思います。

J: 経済が成長しているのはモンゴル人が優れているからではありません。豊富な天然資源があるからです。しかし、人口の3分の1が世界銀行の1日2ドル以下の貧困基準の生活を送っています。そして国民は、自分たちがこの鉱山開発からの利益を受け取れるとは思っていません。民主化から20年が経ちますが、これがはたして正しい選択だったのかと疑問視する者もいます。ポスト共産主義国で民主化は適切なのかと問う者もいます。こういった意見に対するあなたの考えはどうですか?

フランシス・フクヤマ: 天然資源を国民に公平に活用することができる強い政府の場合、国を発展させることができます。比較的貧しく、共産主義体制だった国は天然資源を効率的に活用できるかどうかが大きな鍵となります。ノルウェーはその点、最も成功した例と言えるでしょう。ノルウェーでは、鉱山からの収益を政治家の手が届かないところに置いています。しかしまた、ニジェールやアンゴラの例もあります。彼らは油田を正しく活用できず、発展できていません。深刻な腐敗問題、天然資源をコントロールしたがる政治家が問題でした。これはモンゴルが避けるべき道でもあります。モンゴルは天然資源を効率的に活用するために、この問題を扱う組織を機能させなければなりません。

J: 強い政府とは、まず政府組織の任務遂行能力を指します。特に、モンゴルについていえば、法律は十分定められていますが、残念ながら守られないという問題を抱えています。あなたは今、ノルウェーについて言及しました。ノルウェーは強い政府組織であり、鉱山からの収益のための特別基金があります。鉱山からの収益を政府とは別のところにおいて、必要な時だけ使うという、これが唯一の方法でしょうか?

フランシス・フクヤマ: そうではありません。ここで肝心な問題となるのが、政府が政治的意思決定をするとき、公平で一貫性を持たなければなりません。国民全員を助けるチャンスがあるにも関わらず、政治家が自分を応援する人、友人、親族などといった周りの人々だけを助けることをやってはいけません。こういう人間関係というのは、世界中どこにでもある避けがたい問題です。身近な人を思いやる気持ちは自然なものだと思います。ノルウェーの独立した基金というのは、正しいお金の使い方をするため、政治家を抑制するための手続き的メカニズムです。ですから、石油からの収益が銀行や関連省庁に渡る過程が透明であり、収益をどのように使うかを民主的なやり方で決めています。もし教育の分野に多大な予算が割り当てられた場合、学校や生徒が実際にその恩恵を受けていなければなりません。強い政府とは、権威主義者など、人々を次々と逮捕するような政府をいいません。強い政府とは、すべての政策が富の公平な分配のために出され、実行される政府のことを指します。これに成功することは非常に難しいと思います。

J: 多くの若者が政府に勤めたがる傾向が見られます。なぜなら、政府に近い人々が良い生活を送っているからです。政治家の身近な人間関係に関連する問題ですが、これをどうやって変えられるでしょう。どのようなルールを制定すればいいですか?

フランシス・フクヤマ: 一つは、高度な官僚制度と情勢適応の原則に基づいた政府が必要です。それから、公務員として得られる収入を厳しく取り締まる必要があります。例えば、アメリカでは成功志向が強く、裕福になりたいと考えた場合、政府では働きません。賃金が制限されており、副業、株の取引までを禁止するルールがあるからです。その意味でアメリカは、モンゴルとは逆の問題を持っています。つまり、政府に優秀な人材が集まらなくなっています。民間企業に就職した方が稼げるからです。しかし、ある意味それは健康的です。富を生産するのは民間企業です。政府ではありません。政府をお金儲けの道具だと見た場合、その国の将来、経済は腐敗した政治家に依存することになります。

J: 政府はどのようなビジネスを持つべきで、どういうビジネスを持つべきではないのですか?

フランシス・フクヤマ: 私の考えでは、政府が果たすべき機能がいくつかあります。経済学者はこれを「公益」と呼びます。つまり、民間企業ではインセンティブが得られず、提供できないようなものです。道路建設、教育、国防などは民間企業が提供するものではありません。それから、紛争解決のための司法システム、警察や裁判所などもそうです。

J: 消防署や刑務所が民間企業に運営されるものもありますよね?

フランシス・フクヤマ: 刑務所を実際に運用するのは民間企業ですが、それでも政府はその費用を支払います。なぜなら、誰も自分の家が火事にならない限り、消防署にお金を払おうとしないからです。こういった場合、政府が支払わないといけません。

J: モンゴルでは、例えば航空会社は完全に政府が所有しています。それから、ロシア政府と共有の鉄道会社や銅精製工場も持っています。どうやってこれを民営化できますか?

フランシス・フクヤマ: 少し違った自然独占という問題です。数千社もの鉄道会社や航空会社がお互いに競争したりする必要はありません。航空会社を民営することは可能ですが、良い規制が必要です。つまり、政府独占を民間独占になることを防ぐべきです。電気や水道も同じく政府独占です。民営化してもいいですが、コントロールできるようにしなければなりません。

J: こういう話があります。西欧の先進国は土地を私有財産化して発展したと言います。国有地はほぼありません。人々に私有財産を持つ機会を与えた後に、民主主義が機能したということです。モンゴルでは、土地は国民の私有財産ではありません。国から与えられるものです。遊牧民が放牧地を移動し続けるという背景もあります。このような財産の問題を解決しないまま、民主主義を確立できるものでしょうか?

フランシス・フクヤマ: とても複雑な問題です。西欧の経済学では、人は土地や財産を所有してはじめて生産することができるとしています。特定の場合においてはその通りです。共産主義国では、工場は国のものであり、そのため良く機能しませんでした。なぜなら、工場の所有者が利益を自分のものにできなかったからです。つまり、インセンティブがなかったから非効率だったわけです。しかし、モンゴルは少なくない人々が未だ遊牧民であり、彼らは広い放牧地を移動しながら生活しています。遊牧民は伝統的なやり方で、土地を分け合って使っています。これが共有財産の悲劇を避けることができている理由だと思います。私有がないと人々は好きなだけ取り、すべてを破壊してしまいます。しかし、モンゴルでは必ずしもそうではありません。これは非常に複雑な問題で、全ての場面において私有が必然だとも考えられないのです。

J: モンゴルの経済にとって重要な課題に関する次の問題に移る前に、あなたの子供時代について聞きたいと思います。あなたはアメリカ人と日本人の親を持っています。子供の頃、家では英語と日本語どちらを使っていましたか?

フランシス・フクヤマ: 日本語は全く話せませんでした。私はニューヨークで育ちました。アメリカでは、少なくとも私の時代は、移民の親は子供に英語以外に話して欲しくなかったようです。

J: それはなぜですか?

フランシス・フクヤマ: なぜなら、私たちは自分のアイデンティティーを日系アメリカ人ではなく、アメリカ人だと感じたいからです。今は少し違ってきて、自分のルーツとの親みを大事にされています。

J: ということは、日本の歴史を英語で学んでいたということですか?

フランシス・フクヤマ: 大人になってから学びました。大学院生の時に、日本の歴史を学び始めました。それから、日本に親戚が住んでいるので、時々往来しています。

J: 国民性の確立について、日本には武士道があり、アメリカにはアメリカンドリームや個人主義があります。これらは対立する思想ですか?

フランシス・フクヤマ: 全く異なる概念で、武士道はサムライの倫理であると思います。すべて名誉を守ることに尽きます。アメリカの倫理は個人主義に基づいています。倫理の異なるシステムです。

J: そのシステムがあって、日本は成長せずに10年間も生き延びています。

フランシス・フクヤマ: 20年間ですね。しかしこれを倫理問題と直接結びつけることができるかどうかは分かりません。経済が一定の富に達した場合、次のレベルに上がることが難しくなります。

J: あなたはアメリカの健康保険制度についてどう考えていますか?フランス制度、カナダ制度などというものもあります。私もアメリカに住んだ時期がありますが、保険に加入していなければ医者に掛かれません。そして人口の10%から20%が保険に加入できない状態にいます。どちらが良いと思いますか?

フランシス・フクヤマ: アメリカの医療システムはとても脆弱だと思います。1人当たりの医療費は他の国の2倍であるにも関わらず、その効果は良くありません。アメリカの医療保険システムが非効率であることを経験的事実が証明しました。もしあなたが、特に大企業に就職していたら心配することはありません。しかし失業者や自営業者であり、健康保険に加入していない場合、医療サービスを受けるととても高額になります。

J: イギリスやフランスでは、ホームドクターがいます。家まで訪れて診察しますし、なおかつ無料です。社会主義時代のモンゴルでも医療サービスは無料でした。今日のモンゴルはこれら医療システムのどちらを選ぶべきか迷っています。モンゴルでもフランス制度の方が適切だと思いますか?

フランシス・フクヤマ: 混同させた制度もたくさんあります。スイスやオランダでは、個人で健康保険料を払いますが、政府は国民全員が健康保険に加入するよう規制しています。まぁアメリカのシステムは誰も選択しないと思いますが、参考にできる様々なやり方があるということです。国民全員が健康保険に加入できるようにすることが政府の役割であり、重要な問題です。

J: モンゴルはまだ中所得者層がなく、多くの国民が貧しいです。中所得者層とは何ですか。どのようにして生まれますか?

フランシス・フクヤマ: まずは、中所得者層とは何なのかを定義しなければなりません。これは経済的カテゴリーだけではありません。多くの経済学者は、その収入によって中所得者層だと区分します。しかし、それでは不十分だと私は思っています。中所得者層とは、教育と深く関わっています。また、車や固定資産、流動資産を持っていなければなりません。しかし、教育がより重要です。良い教育を受けていれば、読み書きや外の世界と繋がることができ、政府に対しても正当で高い期待を持ち、他者と議論したりすることができます。中所得者層を増やすだけでなく、貧困層や富裕層も多すぎず、国民の過半数が比較的中所得者層であることが、長期にわたる民主主義の成功につながります。ラテンアメリカでは社会的に不平等があり、少数の富裕層と多数の貧困層で形成されています。これが最終的に左派と右派の対立、二極化、ポピュリズムや保守的政府の問題に繋がります。

J: モンゴルには数多くの政党があります。それはこの問題と関係しますか?

フランシス・フクヤマ:  政党の数が直接関連するかは分かりませんが、モンゴルは経済の急速な成長以前は比較的公平であったように思います。遊牧以外にお金を稼ぐことができるような工場などありませんでした。今は、鉱山からの収益等で社会の一部が裕福になれるチャンスがでてきました。二極化はまだ存在していないのかもしれませんが、よく注意しないといつかはやってきます。

J: 国民が直接、恒常的に鉱山からの収益を受ける最も良い方法は何ですか?

フランシス・フクヤマ: 一つの答えだけに決して限られないと思いますが、 もし一つアドバイスをするとしたら、肝心なのは政府がこの莫大の利益を将来のために取っておく必要があります。エネルギーを輸出して外貨を稼ぎ、これを独立した基金に集約させるという良い例があります。これは効果的なやり方です。なぜなら、鉱山からの収益を使い切ってしまうことは、腐敗問題や利益の使途について対立を生みます。ですから、資金を将来のために取っておくための道を作り、それをどこに保管するか、どれくらい残っているかを誰もが見られるようにしなければなりません。そして、資金を何のために使うかを合意形成できるメカニズムが必要です。

J: それらはインフラや教育の向上に使われるべきですか?

フランシス・フクヤマ: 中所得者層を作り、公平な社会を作るために重要なのは、社会全体に影響を及ぼすようなことに使うことです。鉱山はそこまで多くの雇用を創出しません。国民に仕事ができるような教育を提供し、お互いに繋がれるようにインフラも整備すべきです。

J: 鉱山からの収益で経済を多様化することについて話しました。続けて、あなたはハーバード大学のマイケル・ポーターのクラスター理論についてどう思っていますか?

フランシス・フクヤマ: 経済成長の重要な源となるクラスターが存在することは認めます。しかし、モンゴル政府が実際にクラスターを作ることができるかが問題です。基本的に、経済を多様化することはいいのですが、その他にどうすべきかが問題です。政府には限界があります。高度な技術が必要となる工場を作るリソースはありません。ですから人々に技術、トレーニング、インフラを提供すべきです。鉱山以外でクラスターが生じるとしたら、それはおそらく市場の力や個人の自由選択によって生じるでしょう。政府がこれを強制したりすると問題が生じます。

J: 政府とパートナーシップで行われるか、チリのように民間部門がリードするのが効果的ですね。では、政府の規模について話しましょう。あなたはこれについて著書の中に言及していましたが、政府の規模はどのくらいあるべきですか。これを数学的に計算することは可能ですか?

フランシス・フクヤマ: 数学的に計算できるとは思いません。政府のあるべき規模は、政府の質によって決まります。スカンジナビア諸国のデンマークやスェーデンでは、国内総生産の6割が政府によって使われます。税金も高いです。しかし、これらの国の政府は高度な能力を持っています。高額の税金と引き換えに様々な高い品質のサービスを提供するので、人々はこれに満足しています。他の国でこのような政府は見られません。もし政府が国内総生産の6割を取ったら、非効率に使い、腐敗が盛んになるだけです。

J: モンゴルは政府の予算がGDPの5%を占めていて、それは毎年増える一方です。そしていつも財政赤字です。今は財政赤字が国内総生産の1%に匹敵します。非効率で、大きすぎる政府ですね。道路を見ればこれを感じたと思いますが?

フランシス・フクヤマ: やはり渋滞が気になりますね。政府はインフラ、基本的なサービスを提供するのに予算を使わなければなりません。しかし、政府は何が実際に実行可能かを見極め、実行できないのであれば諦めるべきです。

J: 世界中の国で政府の対外債務を制限する法律があります。アメリカもそうです。しかし、モンゴルの場合、対外債務が増える一方です。私たちはどれくらいまでの対外債務を背負えると思いますか?

フランシス・フクヤマ: 難しい問題です。人々は鉱山からの収益で対外債務を返済しようと考えます。それは大きなリスクを伴います。物価はいつも変動することを忘れてはなりません。1990年代に物価がここまで上がるとは誰も考えませんでした。これからは中国の経済が悪化します。そのため、モンゴルも対外債務の額をコントロールしなければなりません。アメリカ政府は多額の借金をしています。その面では良い例にならないと思います。

J: アメリカの通貨は世界中どこでも通用する基軸通貨です。アメリカにはドル紙幣を印刷できる5つの銀行がありますよね。なのに、対外から借金をするのですか?

フランシス・フクヤマ: 私たちは危険な状態を予防したいと考えています。ドルは基軸通貨であり、世界中で多くの人がドルを使いたいと思っています。今、ドルが強いのはユーロが弱いからです。ドルは、人々がこれを信用しなくなり、他の通貨が登場するまで機能します。その時は、対外債務を払わなければならない時になります。

J: 中国とロシアがドルに代わる通貨の問題を話していますが、これは実行可能ですか?

フランシス・フクヤマ: ロシアより中国の方が現実的です。ロシアは石油以外に生産性が乏しい。しかし、中国は外国の企業に人民元の口座を開かせ、人民元で取引を行う機会を与えています。通貨を国際的なものにすることは、政治的コントロールを失う危険を伴います。それでも10年後、中国の人民元が国際的に活躍できると私は思っています。

J: モンゴルの経済はほとんど中国に依存しています。人々は一次産品を輸出せず、代わりに大きな生産工場を作ろうと考えています。そこで生産したものを中国に輸出しようと考えています。短い期間でこれがはたして可能でしょうか。成功した国はありますか?

フランシス・フクヤマ: 自国に生産工場を持ちたいと考え、完全に失敗に終わった国々はあります。例えばナイジェリアです。生産工場を建設すること自体はよいのですが、十分に調査と計画を立て行うべきです。

フランシス・フクヤマ * ジャルガルサイハン