2050年ビジョンへの批判:5 グリーン開発

モンゴル政府は2050年ビジョンで達成すべき「グリーン開発」政策の目標として次の4項目を掲げている。

  1. 自然の価値、その効果を評価保護し、第1次エコシステムのバランスを維持する。
  2. 天然資源の採掘跡地を復元し、持続可能な利用を創出、自然の恩恵を次世代に継承する。
  3. 水源不足を補うため貯水し、水資源需要を十分に供給できる条件を整備する。
  4. 低炭素社会へ効率性が高いグリーン経済を開発し、気候変動の減速に向けた多数の取り組みに貢献する目標を掲げる。これらの目標のうち、時期的にみてその必要性や程度によって、温室効果ガスおよび砂漠化問題をここに特筆する。

温室効果ガス

2016年にモンゴルは、「パリ協定を実施する国家目標」により温室効果ガス排出量を2030年までに14%削減する義務を負った。政府は2019年に温室効果ガスを大量に排出する分野を見定め、いつ、どのくらいの量で削減していくかを公表した。モンゴルの場合、温室効果ガスを排出している主な分野は「エネルギー」と「畜産」である。温室効果ガス排出に関して、現行の産業構造のままでは下図のような予想となる。

図:温室効果ガス排出量の分野別増加予測

エネルギー分野は、単独で温室効果ガス排出量の約半分を占めている。主な原因は、石炭による火力発電である。2016年時点で、モンゴルのエネルギー生産原料の92.7%は石炭であり、石炭依存度はボツワナ、コソボ共和国に次いで世界第3位となっている(モンゴル国エネルギー分野の有益性、アクセス、それに関する構造分析2019年)。

2015年にモンゴル政府は、温室効果ガス排出量を継続的に削減するために、再生可能エネルギーの導入を促進し、2020年にエネルギー供給量全体の20%、2030年に30%を再生可能エネルギーに代替することを決定し、政府のエネルギー政策に盛り込んだ。

モンゴルには再生可能エネルギーの豊富なリソースがあり、太陽光や風力を利用する発電能力は、エネルギー全体の約20%を供給できるようになっている。しかし、低い電力価格によって全体に占める割合は依然として少ないままである。またエギーン川の水力発電所の建設を進めることができず、ロシアからの反発を受けている。

再生可能エネルギーは、自然環境に優しいとは言え、現状モンゴルでは経済的に非効率的である。現在でも最も現実的な選択肢は石炭火力発電である。モンゴルは2014年に3,200万トンのCO2に相当する温室効果ガスを排出した。これは世界の温室効果ガス排出量の0.1%を占める数字だ。

モンゴルは、新興国として安価な石炭を現在の利用水準を維持し、今後増加するエネルギー需要を再生可能エネルギーで供給できるようになることが最も望ましい。

所有者がいない放牧地と砂漠化

モンゴルは世界の気候変動により最も被害を受ける10ヵ国の1つ(世界気候変動リスク指数2014年)である。過去79年間で、モンゴルの年間平均気温は2.24℃上昇している(モンゴルの自然環境の予測についての報告書)

1996年以降、自然災害の発生は2倍に増えた(アジア開発銀行2017年)。そのため、肥沃な大地を保護し、土壌の劣化、特に砂漠化を防止し、汚染された土地の復元に取り込み、活用することが2050年ビジョンに盛り込まれている。

気候変動からくる貧困、不平等が今後ますます深刻化することを世界中が懸念している。モンゴルの場合、地方から都市への人の移動が増加し、都市化により貧困や不平等が発生している。また、モンゴルの伝統や文化である遊牧民の生活にもリスクが生じ始めている。

今日、モンゴルの遊牧民171,000世帯の生活を支える主なリソースは「放牧地」である。しかし、国土全体の70%で家畜が多すぎる「過放牧」の状態にある。これが放牧地の砂漠化を加速させ、放牧地のエコシステムが危機的状況となっている。加速度的に温暖化が始まった1990年代以降、この30年の間に家畜は2,500万頭から3倍も増加した。放牧地は所有者がいないため、放牧地全体の22%にあたる2,500万ヘクタールの放牧地が復元不可能なまでに劣化している。これは「共有地の悲劇(Tragedy Of The Commons)」の明らかな実例である。

現在のモンゴルには、放牧許容量に適した規模で伝統的な畜産業を発展させ、数量ではなく質を重視した政策に転換する必要がある。この共有地の悲劇を解決する1つの方法として、家畜頭数に課税することが挙げられる。過放牧となっている地方に高い税を課す時が来たと思う。そして、その税収をその地方の放牧地の復元や保護に充てるようにする。この税の使い道は透明でなければならない。

また、畜産分野の調査・分析の改善を図り、イノベーションを作り出すために投資を行い、生産能力を向上させる必要がある。しかし、課税や放牧地の民営化のみでは天然資源を適切に利用することはできない。共有地の悲劇に終止符を打つ主な解決策は、地方住民自身が考え行動することだと、ノーベル経済学者エリノア・オストロムが長年の研究調査で証明した。彼女は日本、スイス、スペイン、フィリピンなどで研究を重ね、公共財を適切に利用するためには8つの原則があると論じた。

  1. 公共財の境界を定め、利用者を明確にすること。
  2. 公共財を利用する規則・規定がその地域と調和すること。
  3. 公共財を利用する規則の変更・改善に関係するすべての人が参加すること。
  4. 公共財を常に監視し、説明責任が果たされること。
  5. 運用規則に違反する者には制裁や罰金を与えること。
  6. 運用規則の侵害には安価な費用で解決すること。
  7. 公共財を利用する規則・規定をその地方行政機関が承認すること。
  8. 公共財利用者は他の利用者と協力すること。

スイスのアルプス山脈に位置するテルベル村にはおよそ600人が住んでいる。1483年に村の放牧地、土地、森林を適切に利用するための共同体(Community)を設立された。テルベル村では、外部から村の土地を購入した誰もが共有地の資源を利用する権限を持たない。その者を共同体に入会させるかどうかは、共同体のメンバーが話し合いで決める。

この共同体は1517年に「冬季の放牧規則」を定め、そこには「住民の誰もが、定められた冬季に放牧できる牛の頭数を超えてアルプス山脈の放牧地に入れることを厳しく禁止する」とある。また、公共財である放牧地を抜け駆けで利用しようとした者に適切な罰金を科してきた。テルベル村では冬季の放牧規則を厳守させ、違反を監視してきた。

村のルールに住民全員が意見を述べ、法律に則り土地の管理を行う権限をこの共同体に与えている。この共同体では、家畜を飼っている村民全員が決定に関与する。共同体は毎年総会を開き、規則や政策を協議し、代表者を選ぶ。代表者は放牧地を不適切に利用した者に対して罰金を科すことや、放牧地の通行路の管理を行う。村の住民は、このように公共財を監視する他に、放牧地に植樹するなど、その維持管理なども行っている。

ここで重要なのは、公共財の利用に関する主な決定を、その利用者である地方住民全員が参加して行うことである。日本にも似たような村がいくつかある。韓国でも1960年代後半から「新しい村」という運動が始まり、同じ様な方法で成功を収めた。

モンゴル

現在モンゴルは、数千年も続いてきた遊牧という形態をこれからも維持できるかという大きな試練に直面している。過去30年間、この国の畜産業を重要視してこなかったことで、遊牧民は家畜頭数だけを意識し、放牧地を破壊している。30年間の積み重ねが、政府でも放牧地の問題を解決できなくなっている。 この状況において、最も妥当な解決策は放牧地に共同体を作ることであり、これについてオストロムは他国の事例で証明している。そのため、モンゴルのバグ(モンゴルの最少行政単位)の住民は、上述したオストロムの8つの原則の上に協力し、放牧地の管理・運営を行うべきである。また、政府の権力者はそのような共同体を支援する組織、法律環境を整備する必要がある。

ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン