ラドナーバザル・ジャルガルマー氏は、ロシア連邦イルクーツク医科大学を卒業し、アメリカ合衆国のオハイオ大学で災害管理と人道支援、日本の名古屋大学で保健医療政策・管理学、ジュネーブ大学で研究医として学んできました。ジャルガルマー氏は、公衆衛生管理・社会保険に関する政策マネジメントを担当する専門家として活躍しました。また19年間、コンサルタントとして国連児童基金、世界保健機関、日本児童基金、それら関連省庁のプロジェクトにモンゴル、アフガニスタン、ベトナム、バングラデシュ、カザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタンで勤めてきました。

J(ジャルガルサイハン): あなたは多くの国で国連の仕事に携わってきました。特に、災害対応や危機管理について学び、経験してきたわけですが、世界の国々はどのように災害に備えていますか。それに比べてモンゴルの現状はどうですか?

R.ジャルガルマー: 緊急時、災害に対する管理、計画、準備は非常に重要な問題です。これについて国連緊急委員会が各国政府と協力の上、緊急時の計画を作成し、実行するというシステムになっています。この計画には様々な分野の災害に対する計画が含まれます。備蓄以外に内部体制の確立、緊急避難、社会サービスの提供、通信の確保をどう行うかなど、あらゆる分野での活動を相互に不備がないよう1分1秒単位で計画しなければなりません。国連開発計画がイニシアチブを取り、各省庁の責任者やNGOなどが団結して、緊急時の計画を立てるための政策、マニュアル、規制上の指導を行います。もちろん、国それぞれの環境、地理的特徴に合った計画を作成することになります。

私は6、7カ国で国連の保健・社会保険コンサルタントとして勤めましたが、中でもアフガニスタンとバングラデシュでは非常時に勤務することになりました。バングラデシュでは、ミャンマーからの難民100万人が流入したときでした。

J: ロヒンギャ難民のときですね。

R.ジャルガルマー: いわゆる通常の難民には一定の法的地位が保障されています。つまり一定の社会サービスを受ける権利があるのですが、ロヒンギャ難民についてはそのような法的地位になかったため少し異なります。つまり、彼らは非常に迫害されやすい状況に置かれていました。私たちはバングラデシュで活動する国連機関、国際NGO、宗教団体、ボランティア団体などと協力し、ロヒンギャ難民を保護する活動を行いました。

J: 詳しく言うと、ミャンマーで宗教対立による衝突が起き、少数民族であるロヒンギャ族が迫害され、隣国バングラデシュに流入し、現在まで難民として避難しています。これはどの国にも起こりうることです。隣国から何百万もの人々が逃げて来るわけです。あなたはそれを自身の目で見て来ました。そのことを聞かせてください。

R.ジャルガルマー: 彼らはなぜバングラデシュに避難したかというと、ロヒンギャ族と同じイスラム教国であり、隣国だからです。バングラデシュまで船や車で逃げてくる人もいれば、森の中を歩いて国境を超える人もいました。高齢の両親、子連れで食事も十分に取れず、疲れ果てて避難して来たわけです。彼らが越境して来たのが世界最長の砂浜で知られるコックスバザール県でした。私がそこへ行った時、難民は600人くらいでした。それが100万人を超えるまでに増加しました。国連機関はバングラデシュの政府と協力し、急いで社会サービス対策をしました。保健だけでなく、教育、飲料水、衛生管理など、基本的な社会サービスの提供を図るように動きました。難民が避難すると、国連だけでなく国際NGO、宗教団体など300程の組織が彼らを保護するために当地に来ていました。

J: 600人から100万人まで難民が増加しました。今の状況はどうですか?

R.ジャルガルマー: 最近の状況について詳しくは分かりませんが、1年くらい前のレポートによると、医師が車で巡回する診察サービスが提供され、100メートル間隔で医療ブースが設置されているとのことでした。

J: トイレはどのように提供されていますか?

R.ジャルガルマー: 国際NGOや国連機関が協力して活動しています。例えば、1万人に何個のトイレ、井戸、風呂場などが割り当てられるかを計算し提供しています。

J: 国際会議に参加する際、バングラデシュ政府、地方自治体、地域住民によると、状況は非常に困難といいます。貧しい国にもかかわらず、隣国からの難民100万人のために国際組織と協力しても、食事など全て提供するのはとても大変だそうです。この問題はどうなっていますか?

R.ジャルガルマー: 100万人は大きな数です。100万人に基本的な社会サービス、医療、教育、衛生を提供するだけでは足りません。中では様々な社会関係が作られています。出産や家族関係、暴力も生じます。警察などによる社会秩序の維持が求められます。これは大きな出費を伴います。最初私たちが現地を訪れた時は、テントや竹づくりの診療所を建て、医療サービスを提供しました。また、安い費用でトイレや衛生管理の建物も作りました。道路は石やバンブーを使って作り、井戸も掘りました。そしてどこに診療所があるかサインも作らなければなりません。こうしていくと結構費用はかかります。ですから、これがバングラデシュにとっては大きな負担となりました。

J: これは人と人との対立が生み出した人災ですね。アフガニスタンについてはどうですか?

R.ジャルガルマー:  アフガニスタンでは国連児童基金でコンサルタントを勤めました。アフガニスタンの6地域に助産所を建設し、その内部体制を整え、マネジメントをできるようにしました。

J: アフガニスタン国内にそういった病院はなかったのですか?

R.ジャルガルマー: ありますが、助産所というのは自宅と病院の中間の存在で、高リスク妊娠の場合や低出生体重児を特定の期間入院させるなどの病院とは違い、母子保健のための施設です。助産所は国連児童基金と世界保健機関の提案で多くの国に設立されました。モンゴルにもあります。モンゴルは、この提案を充分に実施できた国の一つです。

J: それはどこにありますか。全ての県にありますか?

R.ジャルガルマー: 全部の県にあります。県の中央病院、出産病院などにあります。高リスク妊娠や合併症を伴う恐れのある妊婦、あるいは低出生体重児、病気の新生児を治療する場所です。

J: あなたはこのように非常時の国で働いてきました。そしてこういった非常時には備蓄以外に市民の知識も必要ですね。これについてモンゴルはどうですか?

R.ジャルガルマー: 非常時、災害時というのは、科学的に政府レベルで捉えられるようになっています。政府レベルというのは、透明性、腐敗がないこと、高度な社会的責任、計画性、予算などが要求されます。そうすると非常時の準備以外にも、定期的に訓練し、備蓄の定期的な公表、更新、通信の調整、設備、輸送、道路などすべて非常時に備えて準備し、それを更新していくことが大切です。モンゴルは国連と連携した緊急委員会があり、全分野を含めた非常時の計画を立てていると思います。非常時に備えた食品ストックもあるだろうと思いますが、その情報公開が不十分だと思います。もちろん、情報公開に関しては政府の安定性も関連します。

一番重要なのは、この非常時、災害時というのは国民1人1人に関係する事です。非常時に備えることは国民全員の社会的義務と考えてもいいくらいです。また、個人に関わらず、国家機関、NGO、民間企業もそれぞれの災害計画を立て、常に非常時に備え訓練を行うべきです。今までNGOや国連児童基金などが民間企業、学校などでこのような防災訓練を行なってきまし。しかし個人の年齢、所属などに合った防災訓練はまだ経験がありません。例えば、3歳の子供に合った訓練が必要なのです。この点では、日本はもっとも充実した計画を立てています。小・中・高校生を対象に、学校を通じた訓練を定期的に開催しているため、習慣となっているわけです。また、緊急バッグを常備していて、中には飲料水、食品、ろうそく、マッチ、ひも、手袋、レインコート、懐中電灯などが入っています。それから、情報提供、非常時に備えての訓練や広告は常にされており、その予算配分もされており、人々の災害に関する知識は高いレベルにあります。その努力も効果的で、1ドルを10ドルの価値にできていると言われます。

J: 日本はその通りですね。大きな津波がありましたが、パニックもなく、災害を乗り越えましたね。

R.ジャルガルマー: 人は準備ができたものに対して、常に冷静でいられるからでしょう。

J: そうですね。このような準備体制は他国ではどうですか?

R.ジャルガルマー: 災害の多い国は比較的、準備ができている場合が多いです。発展途上国は、今現在の社会問題、貧困との戦いに疲弊しており、非常時の準備ができる状態にはないというのが現実です。もちろん国それぞれ異なるわけですが、私が今まで働いてきた国では、アフガニスタンは非常時の対応が比較的充実していたと言えます。

J: 紛争の多い国だからですか。

R.ジャルガルマー: そうです。避難所やそこへの案内看板が良く出来ていて、市民は非常サイレンが鳴るとどこへ行くべきか既に知っています。

J: 先ほどあなたが言ったように、各家庭で緊急バックを用意することは、果たして出来るのでしょうか。

R.ジャルガルマー: アメリカのある家庭では、4人の子供の名前が記名された緊急バックを玄関に置いているところもありました。

J: 特にウランバートルは地震が起きる可能性が高いとされています。国の非常時に対する準備が十分であるかどうかを監査し、評価する体制はありますか?

R.ジャルガルマー: 先進国では、国のあらゆる分野において非常時の準備、予算、食品及びそれ以外の備蓄、そのための費用などの情報はすべて公開されています。各家庭に対して情報を提供し、訓練に参加したかどうかを聞き取り、個人事業主や農業を営む人には、災害訓練を受けるチャンスが少ないため、任意で訓練を受けるよう訴えたりします。

J: モンゴルはそういった国民全員を対象にした防災訓練はまずありませんね。個人が防災訓練に参加したかどうかのチェックもないですね。一方で、ウランバートルの食品、ガゾリンなどの備蓄があると思いますが、それがどれくらいなのか。非常時にはどこで供給されるのか。地区ごとに配給するのか。例えば備蓄の飲料水や食品の賞味期限が切れる前に買い替えているのかなど、情報公開はとても重要ですね。モンゴルは子供の貧困もあり、十分な食事がとれない子供も大勢いるわけですが、期限が近づいた備蓄の食料品をそういった貧しい家庭に配ることも可能なわけです。情報が十分に公開されていないため、推測しかできませんが、こういう状況をどうすれば改善できるのでしょうか?

R.ジャルガルマー: そういったことも全部計画に入れるべきです。食品や布団、コート、防水靴、防寒着など全部予算に入れるべきです。そして、賞味期限で区別し、更新すべきです。ウランバートルのある地区に災害があった場合、人々をどこに避難させるか、例えばテレルジに避難させ、移住させるとしたらその輸送に何台の車が必要か、テントやゲルが何張り必要かなど、情報は全てオープンであるべきです。しかし、こういう情報は公開されていません。

J: 災害時のテントなどはモンゴルにありますか?

R.ジャルガルマー: アフガニスタンやバングラデシュでは、軍事用のテントが使われていました。モンゴルではテントがなくてもゲルが使えます。一つ言いたいことがありますが、例えば、新型コロナウイルス感染症の流行に際して、マスクの値段が高くなり、入手できなくなるという現象が起きています。こういう時は、国連機関と当該国政府の協定により、政府は民間企業と非常時にものを従来の値段で売却することを要求されます。ですから、こういった非常時にものの値段を吊り上げることは正当化されません。非常時とは、常に人道的でなければならないのです。非常時に、特に大企業が値段を吊り上げることはありえないくらいとても非人道的な行為です。

J: この間、食料品を確保するために買いだめが起こり、その結果、ものの値段が高くなりました。

R.ジャルガルマー: 非常時に備えて飲料水などを備蓄することは悪いことではないと私は思っています。言ってみれば、私たちの非常時への準備を試すような出来事であったとも思います。

J: 何日分の飲料水を用意しなければならないのか、どのように備蓄すべきなのかなど、様々な疑問があるわけです。そして、外国での非常時の経験をもつあなたにぜひ話して頂きたく、今日番組に招待しました。

R.ジャルガルマー: 自分で非常時を経験するのはとても大変です。バングラデシュの難民の中での仕事は短時間でしたが、私は1.5キロ痩せました。とても暑いので喉も乾きます。周りを見ると、まるで自分が映画の中にいるように感じました。

J: 今日は非常時に備えて、一人ひとりが責任を持って準備をすることなど重要なテーマに触れました。特に政府は、非常時の準備状況の情報を詳細に国民に提供すべきであり、また個人も責任を持って準備をすべきということが分かりました。ありがとうございました。

ジャルガルマー * ジャルガルサイハン