ゼゲル・ヴァン・デル・ワル:氏は、アムステルダム大学で政治学修士号、行政学博士号を取得しました。ゼゲル・ヴァン・デル・ワル:氏はオランダのライデン大学の教授、シンガポール国立大学リー・クアン・ユー公共政策大学院の教授を務めてきました。

J(ジャルガルサイハン): こんにちは。「21世紀のパブリック・マネジメント」がモンゴル語でも出版されたことに、お祝い申し上げます。なぜこの本を執筆することにしたのですか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: ありがとうございます。私は長年、パブリック・マネジメントについてのセミナーやカウンセリングを手掛け、また大学で教壇に立つ経験をしてきました。その中で、多くのパブリック・マネジメントに携わる方々と関わり、実に多くの刺激を受けました。こうした経験からこの本を書き上げました。彼らは不安定な政治体制、国民が持つ批判の声、財政不足といった厳しい環境に自らの身を置きながらも、国の発展のために一生懸命に頑張っています。様々な国で、その国のパブリック・マネージャーと接触していくうちに、世界のどの国でもパブリック・マネージャーたちが直面する問題には、共通点があることが分かりました。ですから、彼らについて、または彼らのためにこの本を書いたのです。

J: あなたの本の中にとても面白い概念がありました。変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の4つの様態が多くの国に存在しているということです。では、この本はそのような状況の下で働いているパブリック・マネージャーについて、既に書かれている他の書籍とはどう違うのでしょうか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: 素晴らしい質問です。「VUCA」とは、現在の経営学で広く使用されている概念で、パブリック・マネジメントに限らず、民間企業などのマネージャーの職場環境を表しています。(訳注:VUCAとはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べた頭字語で、元は軍事用語だった) これは私が考えついたものではありません。この本の基礎や前提知識のような感じで使っています。私の本が他にある多くのパブリック・マネジメントや民間マネージャーについて書かれた本と何が違うかと言いますと、多くの本はパブリック・マネジメントが今直面している問題を取り上げ、定義し、パブリック・マネージャーが様々な問題にどう向き合っていくべきかを理論的、実践的な対応について実例を挙げながら説明しています。また彼らにインスピレーションを与え、その本を読んだパブリック・マネージャーがより良い人、より賢い人になるように書かれてきました。ですが、私の本ではその対極のことを試みました。つまり、教授である私たちが教えようとするよりも、彼らから習おうとする方が面白いのではないかと思って書きました。

J: あなたは日本、オーストラリア、ブルネイ、カンボジア、タイ、アラブ首長国連邦をはじめ、多くの国を訪れ、パブリック・マネージャー又はプライベート・マネージャーに対してカウンセリングの仕事をされています。そういった中で最も刺激的で、困難なケースを紹介して頂けますか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: 私は先進国である国オランダで生まれ育ち、また近年は先進国と言えるシンガポールで働いています。ですので、そういった国から発展途上国を訪れた時、たまに文化の違いにとても驚かされることがあります。しかし、先進国から来たからといって、その国の人々に何をすべきかを教えたりしないようにしています。まずはその国の人々の意見をよく聞くようにし、現地の人が考える問題の解決策を理解するようにしています。そのあと、若干の分析をし、自分がどのように貢献できるかを考えます。例えば、ケニアはとても面白い国で、数年前に一つの窓口で国が提供する38種類のサービスを受けられる「フドゥマ」というサービスセンターを設立しました。「フドゥマ」とは、スワヒリ語で「サービス」という意味です。最初に身分証明書を発行するサービスから始まりましたが、今では全国200カ所でこのサービスを受けられるようになり、フドゥマを通して国民は多くの行政サービスをスムーズに受けることができるようになりました。

J: 最近の報告で、ケニアはスマートフォンの有効的な活用で世界一とされた国です。それとは何か関係がありますか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: とてもいいご指摘です。直接的な関係があるかどうかは分かりませんが、おそらくはモバイル・バンキングが人々の考え方を変えたことに関係しているかと思います。近年、モバイル・バンキングは、アフリカで広く普及してきています。銀行の口座を持っていなくても、スマートフォン一つで人々は相互にお金を振り込んだり、ビジネスもできるようになっています。

J: その他の国についてはどうですか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: 今はこうしてモンゴルにいるので、モンゴルの話をした方が良いかと思います。現在のモンゴルは、憲法改正、政治改革、行政改革を同時に行おうとしていると言えるでしょう。私が今まで何回か訪れたことのある国の中で、ブルネイ、ドバイ、オマーン、サウジアラビア、カザフスタン、ロシアなど、天然資源に頼る国が直面する最も困難な問題は、石油や石炭、天然ガスといった天然資源のみに頼らない社会構造を作ることだと思います。なぜなら、石油などの天然資源は有限資源であり、いつかは枯渇します。またそれよりも大事なことは、地球温暖化などの環境問題との関連で、今後は天然資源を利用した経済発展が許されなくなるかもしれません。そうなると、問題はこの次にどうするかということになります。観光、財政、教育など、何を中心に発展していくのかという選択肢も出て来ますが、ロシアや中国といった影響力の強い国の間に存在している地政学的な特徴や歴史的な問題を、どのように解決していくのかということです。これは今後10年、15年で解決しなければいけない重要な課題となってくると思います。

J: あなたはモンゴルに来る前にも、モンゴル人のパブリック・マネジメントと関わって来ました。モンゴル国の特徴や改善すべき点について、あなたの考えを聞かせてください。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: まず、モンゴルのパブリック・マネジメントは、その年齢や地位を問わず、国会議員も含めて誰もが同じ言葉を使っていたことが非常に良いことだと思いました。全ては同じ言葉を使うことから始まるからです。今の状況を早く、効率良く変えなければならない、改善しなければならないと考えていることが見て取れます。一方で、25年前のソビエト連邦時代から残っている影響、カザフスタンと比較できる伝統的な行政手法もまだあります。ソ連崩壊後のこの国の改革・改善は、他国を参考にし、国連開発計画、経済協力開発機構、世界銀行、国際通貨基金などの国際機関との協力や、時にはそれら機関からの資金調達によって行われました。ですが、いまだ問われている大きな問題は、10年、100年以上続いてきた旧体制の根本的な改革をどのように実現していくかです。これはどの国にとっても頭の痛い問題です。

J: 旧体制を根本的に改革し、マインドセットを変えるには、30年というのは長くない期間ではありますが、改革はスタートしています。カザフスタンと比較した場合、どのような違いがあると思われますか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: カザフスタンは、天然資源を活用して急速な経済発展を成し遂げました。ここ25年間で、貧困国から中所得国の最前線へと登ってきました。そしてカザフスタンは、モンゴルとは異なる政治体制を敷いています。

J: カザフスタンやモンゴルのような国、これからの国の発展方針を決め、改善をしていく国にとって、パブリック・マネジメントの質はどれくらい重要な役割を果たしますか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: パブリック・マネージャーの質、行政の質は、国の競争力向上にもっとも重要な要素です。多くの人は自由市場、経済成長などを挙げますが、それには適切な土台作りが欠かせません。

J: モンゴルが直面しているもう一つの問題は、選挙が行われる度に、パブリック・マネジメントでの人事異動が起こることです。政権与党が変わる度に、つまり国政選挙が行われる4年に一度、大きな人事異動が起こりますから、パブリック・マネジメントでの安定した効率の良い仕事ができません。これはどのように解決すればいいと思いますか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: パブリック・マネジメントの政治化問題ですね。これは非常に深刻な問題です。私はモンゴルについてそれほど詳しくありませんが、この問題はパブリック・マネージャーを選定する際に採られる能力ベースでの登用という原則を無視し、自分の知り合い、家族、政治的な関係者などに不公平なメリットを与えます。シンガポールで7年間働く以前、民主主義制度の国から来た私は、権威主義の国が良い政府を作り、国民の生活を良くすることはできるのだろうかと心配していました。ですが、こうやってアジアの様々な国で働いてみて、その考えが変わってきました。民主主義は私たちが望み、期待するものではありますが、それはそれで問題がないわけではありません。とりわけ、このように政治的、制度的に移行期にある国々は、様々な問題に直面し、それを解決するために非常に時間をかけています。

J: 全く同感です。この問題を解決するために良い方法はあるのでしょうか。例えば、パブリック・マネージャーを選挙後に解雇しないという法律を作れば良いでしょうか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: 2つ考えられます。もちろん、一つは法的保護や法律制定は重要であり、基本的な土台として備わっていなければなりません。そしてもう一つは、人々の考え方を変えることも等しく重要です。考え方を変えることで、誰もが法律を遵守し、それに従うようになるからです。

J: 社会主義時代のモンゴルでは、パブリック・マネージャーを国務官と呼んでいましたが、今は公務員と呼ぶようになりました。つまり「国」ではなく「公」にその名前が変わったということです。西欧でも同じことがあったと思いますが、これはなぜですか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: これは国、「政府」というものへの理解が変わってきたことに原因があるように思われます。近年、西欧の国々では公共サービスセンターを閉じたり、貿易や公共財などを民営化したりすることによって、中央集権の概念は薄くなってきています。従って、パブリック・マネージャーの流動化が起こり、2〜3年で他の職業に転職することが普通になってきました。しかし、これは良いこととは限りません。パブリック・マネージャーは、自分の仕事に対してプロフェッショナルでなければなりません。国民の尊敬を受けるには、自分の仕事を良く分かっていなければなりません。

J: モンゴルでは最近、民間企業が高い給料、快適な職場環境を提供することで、能力の高い従業員を多く雇っています。国はそれらの民間企業と競争できません。どうすれば良いのでしょうか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル: 私は新しく大学を卒業する若者たちが職場を選択するに当たって、お金だけが重要な要素になっているとは思いません。彼らが期待するのは、彼らに投資してくれる使用者です。キャリアアップできるチャンスを与えてくれる、能力を身につけるトレーニングを提供してくれる、若い未経験者でも大きなプロジェクトを任されるなどといったことが、給料よりも大事なモチベーションなのです。

J: 最後に、モンゴルのパブリック・マネージャーに対してアドバイスあれば、お願いしたいと思います。彼らはどういった原則を尊重しながら仕事に携わっていくべきだと思いますか。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル:  聞き慣れたセリフかもしれませんが、私は、人間は生涯をかけて勉強するものだと信じています。国にはパブリック・マネージャーにトレーニングの機会を提供する財政がないかもしれません。しかし、ソーシャルメディアやビッグデータ、人工知能等々、激動の変化を遂げるこの世界で、どの国のパブリック・マネージャーも勉強しなければならないことが日々生まれてきています。パブリック・マネージャーは、自分の立場からではなく、最終的にそのサービスを受ける側に立って物事を考えなければなりません。自分がやらなければいけない手続き、乗り越えなければいけない困難、守らなければならないルールよりも、どうすれば国民の生活をもっと幸せに、困難のないものにするか、どうすればサービスの質を上げることができるかについて、常に考えていかなければなりません。

J: 今日はありがとうございました。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル:  こちらこそ、ありがとうございました。

ゼゲル・ヴァン・デル・ワル * ジャルガルサイハン