カナダのケベック大学で教壇に立つポール・R・カー氏は、トロント大学教育学部で教育社会学の博士号を取得しました。彼は民主主義教育、文明とナショナリズム、平和、正義、メディア理論に関するいくつかの本を上梓しました。

J(ジャルガルサイハン): こんにちは。まず初めにお聞きしますが、あなたは今回どうしてモンゴルに来られたのですか?

ポール・R・カー: こんにちは。今回、私たちは「All for Education(全て教育のため)」国立市民社会連合の招待を受け、3日間にわたり地球市民教育、多文化教育に関するフォーラムで講義とワークショップを行うために来ました。私は、ユネスコを代表する同僚と一緒にモンゴルに来ています。その他にもこのフォーラムにはモンゴルの教育関係者、市民社会のリーダー、行政機関の代表者など50人くらいが参加しました。

J: モンゴルが民主主体制へと舵を切ってから30年近くになりますが、場合によっては社会に民主主義の価値を築くには数世代かかります。あなたはモンゴルの民主主義の現状についてどう思いますか?

ポール・R・カー: 私が初めてモンゴルに来たのは5年前ですが、その時にモンゴル国について少しながらも学ぶことができました。恐らく、世界中のどの国も完全に民主主義体制を確立させていないと思います。どこの国も現在進行形の状態です。ですから、モンゴルと同じような問題を抱えている国も数多くあります。例えば、格差が広がっている国や贈収賄が常態化した国、政治活動への参加が難しい国などです。そのため、私たちは政治活動に積極的に参加できる市民を増やすために、教育改善を目的に活動しています。

今回のモンゴル訪問で、首都ウランバートルの経済と鉱業の成長を感じました。しかし肝心なのは、成長で得られた利益がどこに、どれくらい分配されているかです。例えば、経済成長に伴い、健康管理、教育、住宅、環境問題が改善されているかどうかを考えるのです。民主主義の確立に最も重要なのは、市民の政治活動への参加です。市民が政府の決定、社会的及び文化的運動に影響を及ぼすことができているかどうかが重要です。そのために当然ながら、市民は民主主義教育を受ける必要があります。

J: その通りです。私が見る限りでは、この国には民主主義を選挙権としてしか理解していない人が多い気がします。しかしおっしゃる通り、市民の意識的な政治参加が重要です。正しく民主主義を広めるためには、市民社会を発展させなければならないと思います。そこであなたは、モンゴルの市民社会運動についてどう思いますか。民主主義の価値を確立させるために、市民社会はどのような役割を果たせると思いますか。

ポール・R・カー: まったく同感です。確かに私たちは選挙のために多大な時間と労力を費やしています。しかし選挙は、民主主義のほんの一部でしかありません。多くの国で、公式の選挙で投票に行かない人が増えてきています。なぜなら、多くの国で政府がいつまで経っても差別、貧困、環境汚染、男女平等といった、彼らが直面している問題を解決できないからです。しかし、社会に大きな変革をもたらすことができるのは、政府ではなく市民社会です。現に、市民レベルから巻き起こったミートゥー運動や環境運動などは、国の政策に影響を及ぼしています。つまり、民主主義の基盤は市民社会だということです。モンゴルにはNGOが何千も登録されていると聞きました。もちろん政府の政策は大事ですが、NGOなどに代表される市民社会の活動があるからこそ、国民の声を政治に反映させることができるのです。例えば、モンゴルでは10年、いや20年以上にわたり、鉱山開発が自然環境に悪影響を及ぼしてきました。それについて誰が一番主張できるかというと、市民社会だけです。

J: モンゴル国民は、鉱山開発から得られる利益が不平等に分配されることについて非常に懸念しています。もちろん、自分の資金で投資した者は利益を得るべきですが、残った利益を権力者が収奪することは、あってはならないことだと思います。モンゴルのような天然資源に依存している国で、国民の政治活動への参加をどのように促すことができますか。

ポール・R・カー:  経済学の分野では、天然資源に依存しすぎることで経済が衰退する現象を「オランダ病」と言います。鉱山開発は、経済問題というよりも環境問題です。鉱山開発後、それによる環境破壊や健康被害を必ず追跡調査すべきです。一番大事なことは、鉱山開発から得られた利益を、社会のために使えているかどうかです。

モンゴルでは毎年4万人ほどの人が地方からウランバートルへと移住しており、ウランバートルの人口増加に伴い住宅問題が生じ、結果ゲル地区が拡大し大気汚染が深刻な環境問題となっています。さらに、交通や教育、失業など様々な社会問題が起きています。もし、鉱山開発から得られる利益をわずか少数の人たちが独占すると、社会の格差はより広がり、深刻な問題になります。だからこそ、市民社会が政治的意思決定に積極的に参加するべきだと思います。

J: カナダは鉱山開発からの利益、つまりロイヤルティーを資源が開発された州だけでなく、資源のない州にも配分していると聞いたことあります。そのシステムというのはどのような仕組みで働いていますか。

ポール・R・カー:  外部からみると何の問題もないように見えるかもしれませんが、内部ではこの制度に対してとても熱い議論がされています。例えば、カナダの原油のロイヤルティーは世界で最も安い価格となっています。しかしながら、ガゾリン代はアメリカの2倍です。なぜなら、カナダは精製されていない原油を輸出し、ガゾリンを輸入しているからです。もちろん石油掘削業者には税金を課しますが、油井周辺に住む住民がガンを発症したり、飲水が汚染されたりなど、様々な問題が起きています。また、原油を採掘し、輸送パイプに問題があり、原油を運ぶ貨物列車が爆発して大事故になったこともあります。そういったことがあり、石油を自国で精製しようという声が挙がるようになりました。ですから、ロイヤルティーの面では、カナダは良いサンプルにならないかと思います。

J: 現在カナダは石油を輸入していますか。

ポール・R・カー: カナダは国土も広いため、場所によって輸入するところもあります。石油精製所もありますが、質の悪い石油は精製にとても時間がかかります。

J:  カナダも市民社会の政治への参加といったモンゴルと同じ問題を抱えているのですね。民主主義を実現する過程で起こる問題はどの国にもありますね。

ポール・R・カー: そうです。むしろ、全ての問題を解決できた国は存在しないでしょう。

J:  しかし、どうしても悩まされる問題は国民の生活水準です。全国民の3分の1が貧困問題に悩み、ウランバートル市民の半数がゲル地区と呼ばれる劣悪な環境で生活しています。本来、民主主義とは、この人たちが一歩踏み出し、自分たちの希望を伝える機会をつくるための手段です。社会主義時代にはこういった機会が与えられなかったために、現在のモンゴルには民主主義が最も適していると言われています。あなたは、不平等は民主主義に危険を及ぼすとおっしゃっていましたが、昔の社会主義時代の方が、貧困問題はここまで深刻ではなかったかと思います。

ポール・R・カー: 民主主義の中にも幾つか種類があるわけですが、今取り上げられたのは規範的・間接民主主義かと思います。例えば、路上でフェイスブックやツイッターなどに個人的な好みのことを書き込むことができるから民主主義の国だとはいえません。社会主義時代にも、もちろん問題も数多くありましたが、国民の生活水準は悪くありませんでした。しかし、人々は民主主義の元で、急激に発展していく経済、技術や貿易などの巨大な利益を目の当たりにし、自分たちも何らかの形で利益をもらうべきだと誤信するようになりました。世界中に格差社会が広まっていく中で、人々は民主主義について誤った理解をするようになりました。民主主義教育を改善した上で、すべての人が本来あるべき民主主義のために戦いをすべきです。

J:  あなたはユネスコで特に何をされていますか。

ポール・R・カー: 私たちは直接ユネスコに所属しているわけではありません。予算が付いているわけでもありませんが、ユネスコの事業の一部を委任されているため、大学が資金を出してくれています。私たちは主に、人権や民主主義など様々なテーマで研究をし、市民社会と連携して活動しています。

J: あなたは今まで、ユネスコの事業関連で多くの国々で活動してきました。そういった経験から、民主主義の教育をどのように提供すべきだと考えますか。良い方法などありますか。

ポール・R・カー: 公式教育に注目すべきだと思います。テストや評価ばかりでなく、物事を批判的に見ることができ、国が直面している問題に積極的に取り組むことができる人材を育成する必要があります。世界中の様々な人と接し、広い視野を持ち、新しい概念や体験に対してオープンな姿勢を保つことが大切です。中でも、世界のどの国にも環境問題は最優先に解決しなければならない大きな問題です。ごみのリサイクルを推進し、戦争を回避し、過剰な消費を減らし、格差を無くし、貧困問題を解決すべきです。もちろん、これらをすべての人が団結して実行するには、教育が重要になります。

J: 教育といえば、学校教育のカリキュラムについてお話ししたいと思います。モンゴルは、どの国のカリキュラムを参考にできると思いますか。民主主義教育をどの学年から導入すべきだと思いますか。

ポール・R・カー: 民主主義の教育は全学校、全学年、全教室で教えるべきだと思います。教育は何のためにあるのでしょうか。就職に必要なだけではありません。もし自分のキャリアのためだけであれば、教育は無駄な文明にすぎません。教員の皆さんがよりクリエイティブに働く環境を整えるべきです。民主主義は、ただの選挙だという理解を変え、全員で協力し合って問題を解決することができる手段だということを教えるべきです。そのために例えば、地域の人々と交流できる場を作ることもできるわけです。子ども達が主体となって地域のコミュニティを繋ぎ合わせることができるということです。

J: とても広範な民主主義の教育について説明して頂きました。理想的な教育システムになるのがいつになるか分かりませんが、モンゴルでは学校で基本的人権、表現の自由、結社の自由などについて教えていた時期もありました。残念ながら、選挙で選ばれた政党が政策を変え、そのような教育も道半ばで途絶えてしまいました。結局は子ども達が政策の実験台にされているということです。今回、モンゴル国に講演にお越しいただきありがとうございます。あなたの貴重な経験が、きっとこれからのより良い民主主義社会に繋がっていくと思います。

ポール・R・カー: こちらこそ、ありがとうございます。

ポール・R・カー * ジャルガルサイハン

ユネスコとは、国際連合教育科学文化機関といい、英語ではUnited Nations Educational, Scientific and Cultural Organizationの頭文字をとってU.N.E.S.C.O.と表記されている。日本では、世界遺産を認定する機関として有名だが、それは数多くあるユネスコの事業の一つに過ぎない。ユネスコ憲章の第1条には「この機関の目的は、国際連合憲章が世界の諸人民に対して人種、性、言語又は宗教の差別なく確認している正義、法の支配、人権及び基本的自由に対する普遍的な尊重を助長するために教育、科学及び文化を通じて諸国民の間の協力を促進することによって、平和及び安全に貢献することである。」と記されている。
ユネスコには現在194カ国が加盟しているが、パレスチナを国として加盟を認めたため2018年にアメリカ合衆国とイスラエルが脱退し、両国とも現在はオブザーバー参加国となっている。アメリカが脱退し分担金の拠出を停止したため、現在最大の拠出国は日本だが、ユネスコのホームページに日本語の表記はない。
ユネスコ https://en.unesco.org/