ヴィノド・アフジャ氏は、国際連合食糧農業機関在モンゴル代表に任命される以前、国際連合食糧農業機関のアジア・太平洋地域事務所で畜産政策の専門家として勤めていました。1998年から2009年の間、インドのアフマダーバードにあるインド経営大学院で教鞭を執り、1994年から1997までアメリカ、ワシントン州にある世界銀行に務めた経験があります。相互協力、貧困、所得分配、農業サービス、取引システム移行、食料安全保障、栄養など様々な問題に関する論文を発表してきました。アジア地域において数多くのプロジェクトを実施ししてきましたが、遊牧民や農家の需要に基づいた新たなサービスモデルを作るための協力関係を重視し、支援しています。食料安全保障、国民の摂取栄養を改善し、貧困層の女性の援助に当たり、乳製品分野を促進してきました。
J(ジャルガルサイハン): こんにちは。私たちは1年前、あなたがモンゴルに来たばかりの頃にこの番組でお会いしました。この1年間でどの様な変化や成果がありましたか?
ヴィノド・アフジャ: こんにちは。まず、番組に招待して頂き、自分たちが行なっている活動についてシェアする機会を与えてくれたことに感謝致します。この1年間はとても良い年でした。まだ多くの実施中のプロジェクトがあるのですが、それらを5つのエリアに分類することができます。
第1に食料安全保障、具体的にはフード・セーフティという食の安全に直接関わる規制を制定することを目指しています。このプロジェクトは食糧・農牧業・軽工業省及び世界保健機関との共同で進めています。また食料品のサプライチェーンにおいて、リスクベースで観察を行い、必要な法規制を調べています。私たちは以前から農業畜産で活動をしてきて、これは今も変わりません。加えて動物遺伝学に関するプロジェクトも実施中です。
第2に気候変動に対しても、気候スマート農業という新しい実務を学んでいます。この分野では特に生産性に着目したプロジェクトが特徴です。
第3に私たちがバリューチェーンと呼ぶ、生産者から消費者へ届くまでのプロセスです。どうすればその効率を上げることができるか、どうすればバリューチェーンの中でより多くの職場を作り、より多くの人に関わってもらえるかが主なポイントです。より多くの地域住民や若者、女性をバリューチェーンの輪に参加させるため、新しいモデルを作る必要があります。これは私たちが力を入れている大きな分野であり、自分たちのリソースや欧州連合の援助でプロジェクトを実施しています。
第4に森林です。持続可能な森林管理を地域環境、天然資源管理とリンクさせて考えています。
最後に、災害管理とリスク管理です。最終的には気候変動などの天候の変化に耐えていけるようにすることが重要だとみています。
J: では、まず世界的に感染が拡大している新型コロナウイルスに関連する食料安全保障について話したいと思います。医療制度レベルが低いと指摘を受けている国の中にモンゴルも入っており、モンゴルやカンボジアではまだ感染者が確認されていませんが、今後どうなるか分かりません。この状態で、私たちは特に食料安全保障について心配しています。モンゴルの食料品の90%近くが中国から輸入されています。モンゴルの食料安全保障のレベルについて、直面する問題は何ですか。
ヴィノド・アフジャ: モンゴルの食料安全保障に直接的な弊害はまだ確認できません。しかし、今回の事態はより大きな疑問を提起しました。それは、我々はどうやって食べ物を確保するのか。数量だけではなく、質や安全をどう保証できるのか。これは考えなければならない大きな問題です。世界はより小さくなってきているので、すでに国内だけの問題ではありません。それから現在ほとんどの人は都市部に住むようになりました。彼らは食料品を市場やスーパーマーケットで購入します。食品システムそのものが大きく変わってきていると言えます。私たちは常に食品の安全性、手頃な価格、多様性に注目します。私たちは食事から栄養を摂っています。多様な食べ物を食べることで、体は栄養を吸収し、免疫力が高まります。モンゴルにはこういった問題があり、そう簡単には解決できません。人口の80%が都市部に住んでいるモンゴルの場合、食料品をどこからどう確保するかが問題となっており、私たちはその解決に向けてプロジェクトを実施することで政府を支援しています。
J: つまり食物の多様性が問題となっているわけですね。伝統的にモンゴルは肉や乳製品を主食としてきました。ウランバートルで言えば、肉は入手可能です。まず、肉について話しましょう。ウランバートルで食料品に使われている肉の80%が、産業的ではなく伝統的な手法で生産されています。家畜を人が刃物で解体するという方法です。これについて何か心配すべきことはありますか?
ヴィノド・アフジャ: あります。食品生産の衛生に関する問題は日頃から議論されているテーマです。食品の生産方法もそうですし、食べる際の取り扱いもそうです。もちろん、これは注視すべき問題です。私たちは食品生産に関して特定の基準を作るために政府と協力して作業を進めています。さらに生産だけでなく、消費者の食料品の衛生的な取り扱いに関する理解を深めることにも目を向け、これに関するプロジェクトも実施されています。これは食品の安全だけでなく、どうすれば消費者が食品を正しく選べるかも問題となってきます。誰もが肉と小麦粉だけを選んで食べているわけではありません。飲み物もコーラやスプライトだけを飲むわけではありません。加工された食べ物にはたくさんの砂糖、ナトリウムなどが含まれており、過剰な摂取は人体に良くありません。ですから、私たちは健康的なダイエットとは何か、どうやって安全な食品を入手するかなどについて、人々の理解を深めるために大学やその他の学校と協力したいと考えています。
人々がどのように食料品を選んでいるかについて情報を得ようとしたのですが、残念ながらそういった情報はあまりありませんでした。人々が今までどのようにして食料品を選んできたか、彼らの選択が過去から今日までどう変化してきたかを理解しなければ、この問題に対応することは難しいです。ですから、この種のデータを収集し作成するためにモンゴル国家統計局と協力しています。統計局は生計費や人々が何を食べているかについて詳しくデータ収集をしているのですが、家庭が食料品をどういう目線で、どういう基準で選んでいるかという視点に立ったデータ分析ができていません。何か説明をする前に、まず情報を分析し、状況を理解する必要があるので、このデータ分析は重要です。
J: もっと深堀りしていきたいのが、ウランバートルの肉の生産方法がどれくらい続くのか、この方法は果たして適切なのかです。また、産業的に生産された肉と、人が手で解体する肉の割合が未だに2対8である理由は何だと思いますか?
ヴィノド・アフジャ: 人の食習慣は幼い時から身に付きます。食品の衛生、安全面での改善はできますが、食習慣を変えるにはそれなりに時間がかかります。食品の安全性を保つために何もかも産業的に生産すればいいとは言えません。伝統的手法でも食の安全を保つ方法を取り入れることができます。2対8が問題なのではなく、私たちが消費する食品が安全かどうかが問題なのです。
J: では、次に牛乳について話しましょう。私も最近「学校牛乳給食と国家の未来」というタイトルの論説を書き、その際あなたからもコメントを頂きました。モンゴルでは学校給食に牛乳を提供することが実現できない理由として、何が挙げられますか。前は「学校給食プログラム」という名で、今は「昼食プログラム」という名に変わりましたが、給食プログラムがあります。他の国、例えばあなたが以前務めていたタイでも同じようなプログラムがあり、学校給食に牛乳を提供しています。なぜ私たちにはそれができないのでしょうか。
ヴィノド・アフジャ: まず、乳製品の加工はモンゴルにとって伝統的なものです。ですから、人々もその加工過程について良く知っています。あなたも伝統的な乳製品生産の方法をご存知だと思いますが、まずはモンゴルの地理的特徴、気候などを考慮した最適な乳製品の製造モデルを確立するべきです。それについてモンゴル政府も色々経験を積み重ねながら探っていると思います。モンゴルにあるべきサプライチェーンやバリューチェーンは、タイやインドと同じにはなりません。もちろん良い実例にはなるでしょう。しかし、モンゴルは地理的、気候的にそれらの国と異なるということを考慮しなければなりません。モンゴルに合った組織モデルと技術を見つけるべきです。乳製品製造の技術は既にあります。大きなチャレンジになるとは思いますが、モンゴルでもぜひ試してみたいと思っています。それから、他の国での成功例を見ると、この事業を成功させるには、強くて独立した組織が必要です。なぜなら、問題の解決方法を1年や2年で見つけることは不可能だからです。これは継続的プロセスです。独立した、権力をもった組織があり、予算も十分で責任も取れる場合は、成功する可能性も高くなります。インドは乳製品の開発について、独立した強力な組織があります。タイもそうです。しかし、モンゴルにはまだそれがありません。私たちはこれについて各省庁と話し合っていますが、支持を得られると考えています。
J: モンゴルはまだ乳製品の生産、製造を開発する組織がありませんでしたが、つい最近、政府がアジアで活動する乳製品開発組織を国内で設立する決定を出しました。これはどういうことですか?
ヴィノド・アフジャ: これはアジア諸国が酪農乳業開発に関する経験をシェアできるプラットフォームです。アジア諸国は、酪農乳業開発に関してとても良い経験を積んでいます。ヨーロッパやアメリカのモデルを参考にする必要がなくなりました。モンゴルにとって良い経験もあれば、良くない経験もあるわけです。Dairy Asiaは個人や国の経験を互いにシェアし、良いモデルを応援するための組織だと理解しています。
J: この組織はアジア諸国の酪農乳業開発に関する経験やデータをシェアするメインプラットフォームなのですね。他にも目的はありますか?
ヴィノド・アフジャ: 主な目的は経験をシェアすることですが、例えば組織を通じて共同調査をすることができます。調査分野として、例えば乳製品温室効果ガスがあります。インドはこれについて少なからず研究しています。タイも同じ研究をするプログラムを実施しています。そこで今度はインドとタイの調査チームが協力し、共同調査をするチャンスが出てくるわけです。遺伝学について言えば、タイは遺伝学に力を入れています。インドもパキスタンもそうです。そこから私たちがこれらの経験をどう生かすかです。
J: 乳製品の開発と言えば、最も効率が高いのは牛ですね。
ヴィノド・アフジャ: はい、効率が高いのが牛です。ですが、乳牛から搾乳し、製造し、安全な牛乳が消費者に届くまでのプロセスの中で、消費者からの利益をどのようにして遊牧民や酪農家に還元するかがこの組織の目的となります。
J: それはモンゴルで特に問題となっています。なぜなら、地理的または気候的特徴があり、さらに人口密度が低いため、牛乳を製造することが困難になっています。そこでアジア諸国が酪農乳業開発に取り組んでいるこの組織が、いち早く問題の解決に導いてくれると期待しています。続いて、食品廃棄物の管理について話しましょう。モンゴルはどの様な状況ですか。どう改善すれば良いですか?
ヴィノド・アフジャ: モンゴルの食品廃棄物管理の現状について、一言で表現することは簡単ではありません。国際レベルでこの問題について言うと、世界で製造されているすべての食品の3分の1は消費されていません。これは巨大な浪費です。年間約1兆ドルです。その3割から5割は発展途上国から出ています。しかし、それらの国にはまだ貧困や食糧不足の問題があります。環境に対しても大きな負担となります。国ごとに正確な数字は、言葉の定義などの問題があるので一概には言えません。ですが、国内でどれくらいの食料品が廃棄されているかについて、明確な調査をしている国は少なからずあります。
J: モンゴルはどうですか。
ヴィノド・アフジャ: モンゴルはまだ十分な調査ができていません。これらの調査には2つの方法があります。まず、食料需給表を作成し、食料品を生産し、販売するプロセスの中でどれくらいの廃棄を出しているかを計算します。しかし、これはジェネラル計算です。より詳細な調査を実施しているのがフィリピンです。フィリピンは食物ごとにどれくらいの廃棄が出ているかを把握しようとします。インドにも優れた調査があります。しかし、私が一番言いたいことは、調査や研究をしているか否か関係なく、食品廃棄物があるべき理由は無いということです。
J: これはまた教育にも関連する問題ですね。必要以上の食料品を確保する必要はないということです。例えば、ビュッフェなどで自分が食べられる以上の量の食べ物をとって、結局は残してしまう。これは個人の責任の問題です。さらに、レストランなどでは食品廃棄物の管理がなされているわけですが、廃棄物を家畜の餌にしているのか。これについて全く議論されていません。続けて、デジタル農業についてお話しを聞かせてください。これは一体何のことですか?
ヴィノド・アフジャ: デジタル農業についても話しますが、その前に食品廃棄物についてもう少し付け加えたいことがあります。食品廃棄物についての理解は年々高まってきています。韓国、中国、シンガポールなどは様々な対策を取っています。日本は食品廃棄を制限する法律を制定しました。2つの概念があります。まず、食品ロス、これはテーブルに並ぶ前に廃棄されてしまうもので、もう一つは食糧廃棄物、つまりテーブルに並んでから廃棄されるものです。豊かな国では食糧廃棄物が多くなります。これらの国は食品の製造過程におけるロス問題をほとんど解決しています。貧しい国や発展途上国では、食品ロスが多く、食糧廃棄物が少ないのが特徴です。食品の製造や保存環境が良くないためです。人々の理解が高まっていることは、非常に良いニュースです。重要なのは、私たちは企業、政府、教育機関と協力できています。それから、他国をモデルにし、制度を取り入れることも可能なわけです。
J: もし、あなたが食品の製造過程やテーブルに着いてからのロスや廃棄を計算するのを手伝って頂けたら非常に嬉しく思います。そうすると、私たちも自分がどれくらい廃棄物を出しているか分かると思います。
ヴィノド・アフジャ: 私たちもこの1、2年でやり遂げるように頑張ります。
J: では、次にデジタル農業についてどうですか?
ヴィノド・アフジャ: デジタル農業、私たちはE-アグリカルチャーと呼んでいます。これは新しい情報通信技術を農業に関する政策、農機具、技術、スタンダードに取り入れることで、農業を発展させることを目的としています。これはとても広い定義です。情報通信技術を使ったアプリケーションはどこにでもあります。好きなものを選んで使えばいいのです。しかし、私たちの情報通信技術に対するアプローチは、もう少し体系的なものです。国連連合食糧農業機関と国際電気通信連合は多くの国々でデジタル農業を支援しています。このデジタル農業には2つの重要な要素があります。まず、情報通信技術の準備がその国にできているか。情報通信技術の能力、人々の能力、法制度、分野間の協力などが備わっているかです。次に、情報通信技術を取り入れられるレベルにまで農業が発展しているかです。ですから、情報通信技術の能力がなく、農業における政策、産業が確立していない国では、私たちの活動は限られたものとなります。一方で、情報通信技術の能力が高く、インフラが発展し、農業政策も問題ない国では、情報通信技術を効率的に農業に利用できます。
J: とても簡単にいうと、例えばニュージーランドなどの国では、牛や馬にはICチップがつけられ、それがデータセンターにつながっており、飼い主は自分の牛や馬がどこにいるかモニターで確認できたりします。ハイレベルで考えるとこうですが、ローレベルで考えると、その牛がどこで何キロくらいの体重で生まれ、今何歳かなどの情報を簡単に得ることができるということです。このように考えると、モンゴルの現状はどうでしょうか?
ヴィノド・アフジャ: 偶然ですが、ちょうど今、私たちはウブルハンガイ県の4つの村にそのようなシステムの導入を試みています。まず、ウブルハンガイ県の4つの村の家畜、牛、馬の大型家畜と、羊とヤギの小型家畜を登録しようとしています。家畜の種類によってアプローチの仕方は異なりますが、大型家畜については家畜全部にICタグをつけ、データを収集し、データベースに登録します。小型家畜については、個々の家畜ではなく群れごとに扱います。このように家畜ごとに異なるアプローチをとっているわけです。この作業の主な目的は、家畜の解体までのトレーサビリティーです。
J: 現在はスマホで何千頭、何万頭の家畜を登録することができる時代です。モンゴルにとって、生産力はとても重要です。遊牧民は自分が想像できないくらいの数の家畜を飼育できる可能性が出てきています。これはまた、牧草地利用の問題を伴います。家畜に対する税金についてあなたの意見を聞かせてください。一定数までの家畜を飼えることができ、その数を超えたら税金を払うということについてどう思いますか?
ヴィノド・アフジャ: それはモンゴルでは非常に敏感なテーマです。この何年間に渡り議論されています。私たちの立場は、家畜の数を牧草地の収容力に合わせて制限すべきという見解にあります。モンゴルの家畜の数は、既に牧草地の収容力を超えています。制限を国からの税金という形にするのか、それとも遊牧民の組織を作って、独自の権限を与えることにするかは議論しなくてはなりません。税金という形にしてもいいと思いますが、どの基準で税金を課し、それをどこに使うかが問題です。具体的な検討は必要ですが、基本的な原則は変わりません。
J: とても興味深いインタビューになりました。また1年後に、作物収穫や土地の利用についてお話しができたらと思います。プロジェクトのご成功をお祈りしています。今日はありがとうございました。
ヴィノド・アフジャ * ジャルガルサイハン