ナツァグ・ハンドスレン氏は食品技術者です。1978年からモンゴルのホテルなどの観光業界、食料生産の分野で活躍しています。モンゴル国マスターシェフでもある彼女は、2006年から世界司厨士協会連盟の会員を務めています。2010年にワールドシェフ、及び世界司厨士協会連盟の世界審査員に選ばれました。N.ハンドスレン氏はモンゴル料理連盟、クラシック料理大辞典NGOの理事長を務めています。

J(ジャルガルサイハン): こんにちは。あなたはワールドシェフ、世界司厨士協会連盟の世界審査員です。まず、このワールドシェフについて話して頂きたいと思います。これはどういう称号なのですか?いつからできて、どのように取得し、モンゴル人はどのように参加していますか?

N.ハンドスレン: こんにちは。ワールドシェフという肩書きは、世界司厨士協会連盟から与えられます。世界司厨士協会連盟とは、1928年に設立され、現在101ヵ国が会員となっています。2年に1度世界会議を開催し、4年に1度世界料理オリンピックを開催している国際組織です。料理とは、幼稚園、学校、軍隊、家庭、国家行事など、あらゆる場面で人間の一番根本的な欲求を満たすものです。一概に料理と言っても中には様々な種類があり、どのような料理、どのような食材を専門にしているかでそれぞれ試験を行い、それにパスすると「ワールドシェフ」という称号を与えられます。私の場合は、国家行事、イベント料理の部門でワールドシェフの称号を2011年にチリ共和国で獲得しました。

J: 世界的な組織として世界司厨士協会連盟というものがあるのですね。モンゴルはどうですか。そのような組織はありますか?

N.ハンドスレン: モンゴルにはモンゴル司厨士連盟という組織があります。今年で設立から26年が経ちます。このモンゴル司厨士連盟は、世界司厨士協会連盟の会員となっています。またモンゴル料理連盟という組織もあります。こちらは1999年に設立されました。同じく世界司厨士協会連盟の会員です。他にもモンゴルマスターシェフ連盟という組織もあり、こちらはモンゴルの若手シェフが集まっています。これらの組織は世界司厨士協会連盟と協力し、会員として活動しています。

J: モンゴルには3つの連盟があり、それぞれが世界司厨士協会連盟と協力し、会員として活動しているのですね。しばしば料理人の仕事にはとても感銘を受けます。私たちはレストランなどで料理人の作った料理を食べますが、テーブルではウエイターなどサービスに当たる者だけが見え、実際に料理している彼らを見ることができませんね。そこで、シェフがどのようにしてこれら3つの組織の会員になるのですか。会員になることのメリットは何ですか?

N.ハンドスレン: モンゴル司厨士連盟、モンゴル料理連盟、モンゴルマスターシェフ連盟は、会員になりたい料理人を大歓迎します。飲食店、レストラン、ファストフード店などどのようなお店に勤める料理人であっても、会員になれますし、会員になった場合のメリットはたくさんあります。例えば、世界司厨士協会連盟が開催する行事に参加することができ、自分の料理の腕を向上させ、セミナーやコンペティションにも参加できます。もっと言えば、世界料理オリンピックにも参加できます。4年に1度開催される世界料理オリンピックは、参加者に高い能力が求められ、優勝者には高額の賞金が贈られます。例えば、2020年の世界料理オリンピックは、ドイツのシュツットガルトでこの2月に開催されました。モンゴルからは、モンゴル料理連盟が参加し、審査員を務めてきました。様々な競技が行われ、ドイツ、ノルウェー、フランスなどの国が優勝しました。

J: モンゴルの料理人と、世界料理オリンピックで優勝するほどの料理人との大きな違いはどこにあると思いますか?

N.ハンドスレン: 料理の技術、基礎を修得しているかどうかにあると思います。食料生産とは、繊細な技術、基礎となる知識を活用した料理で健康を維持するための武器とすることです。

J: 租界の国々には、その国の料理技術、食材、調理方法、食の安全や技術に関する基準がありますね。モンゴルはどうですか?

N.ハンドスレン: モンゴルにも基準はあります。1921年から1990年代までは、主にロシアの技術や基準がありました。それには、料理のレシピ、技術、適用基準が書かれています。技術専門学校や大学など、4つの教育機関で多くの専門料理人を育てていました。

J: 「ラルース・ガストロノミック」の詳細な内容については後ほどお話ししたいと思いますが、この本の中にはモンゴルの料理についても書かれています。では、モンゴル料理について、その歴史をどう見ていますか。いつが起源となり、どのように名付けられたかなど、どういう内容が書かれていますか?

N.ハンドスレン: モンゴル料理の記述について、主にその歴史について書かれています。1200年代から、モンゴル料理とは何だったのか、どのように調理されてきたかが載っています。モンゴル料理は非常に長い歴史を持ち、地理的特徴があります。自然も豊かで、果物や野菜も取り入れられています。例えば、塩だけでもモンゴルには20種類以上あります。モンゴル料理というと、だいたい肉料理を連想しますが、乳製品も肉料理に負けないくらい多種多様です。例えば、アーロール(干しヨーグルト)は、一年中食べられるように作られます。冬に食べるものには栄養価が高くなるようにウルム(生クリーム)などを入れ、乾燥させ、保存します。

J: 500、600、700年前のモンゴル人は、季節の変化に合わせ、その時期に必要なカロリーを摂取できるように食べ物に工夫をしていたのですね。では、この「ラルース・ガストロノミック料理大事典」についてお話しましょう。モンゴル語に訳されていますが、これはいつ、誰が書いた本ですか。その歴史について話して頂けますか。

N.ハンドスレン: 「ラルース・ガストロノミック料理大事典」は、1938年にフランス人が世界中の古典的な料理を研究し、この本を書き上げました。この本には、各国の料理の歴史、技術、調理法が書かれています。

J: 1938年ということは、第二次世界大戦の直前ですね。

N.ハンドスレン: そうです。このラルース・ガストロノミック料理大事典は、国の歴史など、とても高度な研究に基づいて書かれています。また書かれた当時から今に至るまで更新され続けており、今手元にあるものが最新版です。

J: この本には料理だけにとどまらず、例えばエジプト料理の特徴は何なのかなど、その国の文化的背景が先に書かれており、その次に料理のレシピ、その料理をどのように食べるかについて書かれています。私たちは普段、いくつかの料理の名前を知っているだけです。しかし、西欧の国で食事をするとき、レストランではとても立派なメニューを見ます。そこに書かれている料理の名前を知らなければ、恥ずかしいくらいです。こういった食文化の違いが大きいのですが、このラルース・ガストロノミック料理大事典の翻訳を誰がしましたか?

N.ハンドスレン: モンスダル出版社です。モンスダル出版社は、今まで料理に関する世界的に有名な本を3〜4冊翻訳した実績があります。言語の専門家30人から成るチームを編成し、それまでモンゴル語になかった名称を新たに作り、内容豊かに翻訳し、モンゴルの伝統を取り入れる作業をしました。この本の中には、世界各国の伝統料理の歴史、料理の成り立ちが入っています。さらに使用される調理器具、テーブルセッティングの方法、どのように食材を選ぶべきか、人の健康のためにどう食材を調整するかなどすべてが記されています。料理の名称も簡潔にまとめられました。というのも、英語話者は料理の名前を英語で付けます。ロシア語話者はロシア語で、ドイツ語話者はドイツ語で料理名を付けます。しかし、この本にはその料理名がモンゴル語で統一されているので、モンゴルの料理人たちも参考にできるものだと思います。

J: 世界各国の料理をすべてまとめたものをモンゴル語に翻訳し、料理の名称が何を指すのか、どのように調理するのかを教えてくれているわけですね。モンゴルにも料理人のための教科書というのがあるかと思いますが、モンゴル語で初めて世界の料理を扱ったラルース・ガストロノミックというこの本は、いつ出版されましたか?

N.ハンドスレン: 2020年の1月です。

J: つい最近ですね。モンゴルで料理の専門家を教育する学校はどれくらいありますか。コースで修得しますか。どんな資格認定を与えますか?

N.ハンドスレン: モンゴルは社会主義時代から、料理の分野で多くの卒業者を輩出してきました。技術専門学校、専門学校、大学、短期コースなどです。今も国内だけでなく、外国と提携した多くの学校が料理人を育成しています。しかし、この本のように世界水準の教科書や技術を修得することについては不十分だったのかもしれません。というのも、卒業者の能力は、食材を選ぶ段階からあまり十分ではないと感じています。料理人とは、10種類の専門性を身につけておかなくてはなりません。

J: それはどのような専門ですか?

N.ハンドスレン: 例えば、医師です。料理は人の健康に直接影響を及ぼします。ですから、肉と小麦粉、熱さや冷たさ、ヨーグルトや牛乳など、全ての料理がどのように相互に作用し、それが人体の健康にどのような影響を及ぼすかを医師と同じくらい知っていなければなりません。また、良いものを選別し、様々な厨房の器具を使いこなし、どんな時でも修正を自分でできるようなエンジニアリング的要素も必要です。さらに、しばしばシェフが作る料理は美術作品に例えられます。近年、世界的に著名なレストランなどでは、来店したお客の話を聞いて、料理をそのお客のために、目の前で作るという仕組みになってきています。

J: 確かに多くのレストランでは、料理を作る厨房が目に見えるようになっていますね。モンゴルにもそういったレストランがあります。料理人の手際のよい動き、その調理風景を目にするととても感心します。モンゴル政府は「健康食品—健康的なモンゴル人」というプログラムを実施しています。このプログラムの実現性について、あなたはどういう風にお考えですか?

N.ハンドスレン:  「健康食品—健康的なモンゴル人」という2019〜2023年にかけて政府が実施しているプログラムについて、私たちは大いに賛同しています。すべてのモンゴル人がこのプログラムを自分の生活で実施できたならば、それはとても素晴らしいと思います。このプログラムを実現するためには、専門機関が重要な役割を果たします。専門検査機関、統計局、規格協会などです。とにかく、最初に専門家がこれを実施しなければなりません。モンゴルでは、政府のこのプログラムを非常に実施しやすい環境にあります。食材も豊富にあります。例えば、穀物です。小麦粉に含まれている栄養素については、人々はあまり意識していないかもしれません。しかしモンゴルの小麦粉は世界的にもその質や味は優れたものです。また、乳製品に関しても同じことが言えます。モンゴルの家畜は自然の草を食べて育つため、その家畜から作られる乳製品はとてもオーガニックで、タンパク質も豊富で健康的です。それから、肉製品の栄養価が高いことも世界で活躍しているスポーツ選手を見れば分かると思います。

J: 食の安全に関してお話しましょう。モンゴルではよく料理や食材をプラスチックの袋に入れて売ったり、運んだりしています。また、輸入食材の品質や安全性をきちんと監視できているのでしょうか。これに関連してどのような問題がありますか?

N.ハンドスレン: 料理人に限らず、国民が懸念する問題が食の安全に対する意識です。私たちも色々研究しています。海外の経験を参考にすることも大切です。例えば、ある国から食材を輸入している場合、その国の食品の安全基準はどうなっているのか、それは守られているのか、モンゴルへ輸出される際の法規定、これらがマッチしているかを国の各機関がしっかりと検査すべきです。法律の規定に沿った、安全基準を守ったものである限り、心配することはありません。

J: 例えば、日本に食品を輸出する場合、大手企業5〜6社を通して、商品はその会社名で輸出されるようです。なぜそうしているかというと、それらの会社は取引先の国の食品のルーツなどを全て調査した上で、その食品が日本人の健康に合うという基準で保証を出すそうです。モンゴルと日本は、経済連携協定を結び、発効しています。しかし、モンゴルから商品を輸出しようとする場合、その商品の材料、成分、安全基準が日本の基準を満たしていないという理由で拒否されるそうです。よって、減税の対象にもならないそうです。今日、私たちが話し合っている料理というものには国境がありません。こういった実情を私たち市民はどれくらい知っているのでしょうか。教科書などにその内容が書かれているのでしょうか。これについて現在、モンゴルで活動中の3つのシェフ連盟は今後どういった取り組みをしようと考えていますか。それについて具体的な計画はありますか?

N.ハンドスレン: この本の内容を国民、プロの料理人たちに広く知ってもらうために「クラッシック料理大辞典」という独立したNGOを設立しました。この本が誕生したことによって、モンゴルのプロの料理人や専門検査機関、モンゴル標準化計量局にとても有用な情報を届けることができるようになりました。なぜならそこには、料理の成分、レシピ、基準の全てが載っているからです。技術以外に、食の安全性を保つことも教えています。

J: この大辞典ができたことによって、料理の名称、成分などについて分かるようになりました。これは日常生活上、衣料などよりもはるかに大事なことである食の世界的スタンダードを調べられるようになったということです。おそらく、シェフ同士の会話もスムーズに進むようになるのではないでしょうか。シェフそれぞれの意見、もっと言えば各家庭によって違っていた概要を一つに纏めたことで、多くの疑問を解決することに繋がるのではないでしょうか。

N.ハンドスレン: まさにその通りです。この本を家庭に例えると、何の目的もなく、スーパーで様々な食材を購入し、家に帰ってから何とか調理していたという今までの習慣を、この本を参考にすることで一週間分のメニューを作り、相互に上手く作用し合う食材を購入するようになります。以前のように、肉や小麦粉を全部一緒に煮込んだり、蒸したりして料理を作っていたのでは適切な効果は得られません。また、子供に将来役に立つ教育を与え、家庭の暖かい雰囲気を作るためのテーブルセッティングもできるようになります。正しい食事の摂り方も学べます。それから、料理を通しての健康を得られ、文化も身に付きます。変わっていく中で、食事のテーブルが自然に豊かになっていきます。一つだけ、付け加えたいことがあります。フランスである老婆がこの本を手に入れるために、お金がなかった戦時中に一頭の牛と一頭の馬を売ってこの本を買ったそうです。この本にはそれくらいの価値があるということです。そしてその老婆は子供たちにその本を残しました。今、その孫が世界中に11件ある有名なレストランを経営しているそうです。これからはモンゴルの国民も、世界中に自国の料理を発信するようになるでしょう。

ハンドスレン * ジャルガルサイハン