「ガゼル文庫」は、モンゴル国営通信社の記者である近彩(こん あや)先生が主宰している移動図書館です。ガゼル文庫は、隔週土曜日にゲル地区の子ども施設や孤児院、障害をもつ子どもたちの学校などを巡り、日本の絵本の読み聞かせを行っています。この絵本の読み聞かせ活動を始めて今年で19年目を迎えます。この活動に協力しているのは、主に日本語を学習しているモンゴル人学生です。学生たちは日本語の絵本をモンゴル語に翻訳し、子どもたちに読み聞かせをしています。時には大人にも読み聞かせをすることがあります。夏休みになると、ピクニックを兼ねて列車で草原へ行き、その地の子どもや大人たちを集めて“にわか絵本の読み聞かせ会”をしています。
今年は新型コロナウイルスの影響から、学校や子ども施設を回って絵本を読むことが出来なくなりました。しかし、ガゼル文庫はこの活動を止めたくないので、ユーチューブを使って「動画で読み聞かせを続けられないだろうか」と考えています。
ガゼル文庫が活動する土曜日の朝10時、皆はバス停に集合します。厳寒のモンゴルで前日の夜に降った雪のせいで眩しくなります。集まるのはだいたい7、8人で、ほとんどはモンゴル国立大学日本法教育研究センターの学生たちです。当時、私は同級生のツェーギーと一緒に大学に隣接する学生寮に住んでいて、隔週の土曜日だけは頑張って歩いてバス停へ向かいます。ウランバートル市内の交通手段は、バスかタクシーだけです。バスがいつ来るかも分からない中、目的地行きの番号のバスを探して待ちます。学生全員の交通費(バス代1人500トゥグルグ=20円相当)は近先生が負担してくれます。
郊外にある子ども施設へはバスで1時間かかります。モンゴルの図書館や書店には置かれていない絵本を手に日本語で話している私たちを見て、バスに乗っている他の乗客たちは不思議そうな目で私たちを見るので、車内が混雑していない時などはさっと絵本を開き、近くにいる子どもたちに読み聞かせをします。最初はびっくりしている子どもたちですが、『ねずみくんのチョッキ』を読むと興味津々に聞き入っています。「さて、次にどんな動物が出てくると思う?」と聞くと、20代の男性が「もっと大きい動物。オオカミかな?」と返事してくれました。1時間のバスでの移動はこうしてあっというまに過ぎます。
ガゼル文庫の活動を通して私が気づいたことは、モンゴルの絵本事情についてです。田舎出身の私が子どものころに持っていた唯一の絵本は、中国製の薄い『シンデレラ』でした。今では首都ウランバートルの書店へ行けば、モンゴルや外国の素敵な絵本が数多く置かれています。しかし、地方ではまだまだ学校や図書館、幼稚園での絵本は少なく、書店すらない町や村は少なくありません。ウランバートルですら、子どもに何着も服を買う親でも絵本を買うことは少なく、まだ絵本文化が育っていないといえます。子どもに満足に服を買ってあげられない親にとって、一冊1万トゥグルグ(400円相当)の絵本を買うより、1日の食べ物を買った方が合理的なのは言うまでもないことです。
「絵本は子ども向けのものだ」と思っていた私は、この活動に参加して5年、今では絵本は子どもから大人まで、性別や国境を越えて楽しめるものだと実感しています。将来どのような職に就こうとも、モンゴルの子どもや大人たちに読み聞かせを通じて絵本の素晴らしさを伝えていきたいと思っています。そのための目標は、日本にいるうちにモンゴルの書店では手に入らないような絵本を集め、モンゴルに戻ったらガゼル文庫の活動に使うことです。また、モンゴルの子ども保護施設や田舎の学校などに良い絵本を寄贈したいとも考えています。絵本を文化・芸術として楽しむことがモンゴルに定着するまでには時間がかかると思います。私もまだまだ学習中です。しかし、「一冊でも多くの絵本、より良い絵本をみんなに届けたい」と願い、仲間と共に活動し続けていきたいと思います。
名古屋大学法学研究科修士1年生 B.ツェベルマー