シンガポールがどのようにして全国民に住宅を提供してきたかについては前回の記事で述べた。今回はそれらのすべての住宅の資金が、どのように調達され、国民の社会保障をどのように構築できたかについて紹介する。

シンガポールでは、国民の社会保障にかかる資金に、すべての徴収料金を統一した基金に積み立て、それを効率的に運用し、積み立てられた資金を国民の生活を改善させるために適切に活用してきた。ここで、そのシンガポールの「中央積立基金(Central Provident Fund)」について取り上げてみよう。

モンゴル国民は、社会保険基金の恩恵を定年時と病院で診察を受ける時のみでしか受け取っていないと理解している。しかし、シンガポール政府の政策立案者たちは、国民の住宅、医療、高齢者の生活を保障するための最も適切な方法は社会積立基金だと見ている。シンガポールでは、この基金を保険というより、個人の積立金として個人もしくはその人の家族へ何らかの形で還元されるべき資金だと考えている。年金積立金を自分名義の口座に支払っているすべての人が、その所得に応じた住宅を購入する機会をこの基金が提供している。

保険とは、何らかの事故や怪我などの起こり得る、又は起きないであろうリスクによる責務から回避するという概念である。ともすれば「定年」はリスクではない。誰にでも必ず訪れる世の定めである。

シンガポールの中央積立基金

シンガポールの社会保障の哲学は、モンゴルのそれとは原則的に異なる。シンガポールの社会保障の概念は、

  1. 職務における倫理、個人の責任感によるもの。つまり個人による積立金や預金を基礎とし、保険に加入していること。
  2. 家族の支援を目的とするもの。つまり家族全員による相互扶助で、積立金から家族に振り込まれるもの(特に夫婦、父母、子どもの名義の口座間で振り込みを行う)。
  3. 共同責任を負うこと。つまり公共の利益のためのボランティア活動を奨励すること。
  4. 政府が手当を支給し国民を支援する。つまり国民が住宅購入や医療サービスを受ける時に、政府もその費用を負担する。

以上の4つの基本部分から構成される。

この賢明な政策により、国民は積立基金に納める経済的負担の恩恵を、将来ではなく今現在で受けることができている。そのためシンガポールでは、この厳しい原則を例外なく守るため、モンゴルのようにある日突然、年金担保ローンの返済残高を「ゼロ」にするといった国民を差別する行為を断じて許さない。いかなる状況の中でもシンガポールの制度は国民を欺くことが不可能であるため、国民はこの中央積立基金を完全に信頼し、国民全体が平等に、正義感を持って負担している。

シンガポールの中央積立基金の歴史は1955年、イギリスの植民地時代の行政府が民間企業の労働者のための年金基金を設立されたことにさかのぼる。当時から今日まで、中央積立基金は社会保障の多種多様なサービスを提供してきており、今日の独特な基金となるまでに変化した。この基金は独立的で特別な法律で整備されており、運用は労働省が管轄している。基金の管理委員会は、雇用主、労働者(納付者)、政府それぞれから代表者2人ずつ、その他の7人、委員長、副委員長といったメンバーで構成されている。

今日、390万人と14万9千の雇用主双方が毎月この基金に資金を拠出し、自分名義の口座に収入を積み立てている。雇用主は労働者の給与の17%、労働者は給与の20%、合計37%の資金を拠出している。国民全員が35歳まで支払った資金全体の23%が普通口座、6%が特別口座、8%が医療/保険口座といった3つの口座に入る。

しかし、普通口座の割合は歳を取るにつれて徐々に減って行き、特別口座の割合は55歳まで増えていく。そして55歳以降は特別口座の割合も減って行く。医療/保険口座の割合は常に増えていくという仕組みである。

この基金に積み立てられた資金は、年金、医療、住宅の資金に法律に基づいて活用される。この拠出金の割合は月6,000SGDまでの収入のみに適用される。 高齢者年金は、普通口座と特別口座の合計残高から計算し交付される。今日、シンガポール人の寿命は2人に1人は85歳、3人の1人が90歳となっている。

口座に積み立てられた資金は、金利が最低でも4%、最高6%までのリスクの小さな金融商品に政府が投資する。シンガポール政府の債券は、S&P、Moody’s、Fitchなど国際格付け業務を行う会社の評価で最も信頼性が高い。つまりAAA(トリプルA)という最高位格付けを受けている。

また、個人は自身の普通口座と特別口座の積立金を自分の選択で他の株式、証券など、投資に充てることもできる。ただし、リスクを回避するために口座残高は常に20,000SGDを下回らないようにしなければいけないという制限が設けられている。

シンガポールの中央積立基金のモデルは、拠出金に基づいた年金の現実的な積立であり、必ず自身に戻ってくる制度である。この制度は、自分たちの社会の特徴や国民のニーズを反映している。確かな発展を見据えた社会保障政策によって、基金の内容が充実、拡大し、今日の独特な高い効率性をもった制度と変化した。

中央積立基金は、収入に基づいた確実な年金であり(古くは世界で初めてオットー・フォン・ビスマルクによってドイツで作られた強制加入の社会保険制度による)、国民全員でリスクを共有していることが特徴である。シンガポールの国民も、この基金モデルが市場原理主義とは対局にあると見ている。この基金は個人の自己責任と共同責任を両立させており、政府の積極的な支援による国民の生活保障のモデルである。

表1.シンガポールの社会保険手数料の割合

モンゴルの失敗

モンゴルには社会主義体制時代から医療、社会保険料を国家予算の一部としてみなしてきた。民主主義革命以降では、全国民の個人名義口座を作ることをM.エンフサイハン政権が試みたが失敗した。N.エンフバヤル政権では、医療、社会保険料は予算の一部だと法律で定めてしまった。

モンゴルの社会保険基金は、年金・健康・産業事故・職業病・失業といった5つの保険からなっている。健康保険基金を除いて残りの4つの基金は、昨年末に1兆1千億トゥグルグの残高があるとS.チンゾリグ担当大臣が討論番組「デファクトディベート」に出演していた時に話していた。

問題は年金基金である。今日、人口の大半を若年層が占めているにも関わらず、この基金は赤字を出している。そのためこの先、高齢化が進んだ状況では更に赤字幅は悪化するだろう。新世紀が始まって以降、これらの基金は国の鉱業収入に依存し、社会の中所得者層を拡大させる際に所得の再分配のみに頼ってきた。

政府の社会保障政策は、実際に貧困層に向いておらず、偏った現金給付と選挙時のポピュリズム公約となってしまった。必要な層に現金を給付するべきだと言うが、実際にその現金を必要としているターゲット層に届いていなければ、無駄な出費となることをモンゴルの過去10年間の経験から見ることができる。

しかし、社会保険基金を、国民の基本的なニーズを保障することに向かせることができれば、中所得者層が拡大することをシンガポールの事例が証明している。モンゴル政府が施行している今の制度は、社会保険料を支払うことができる層のみから高額な掛け金を徴収するというものだ。そして不出来な社会保障サービスを国民全体に配分しているかぎり、この社会保障制度は継続不可能であることは明白である。 モンゴルは、社会保険制度をシンガポールのように集中的で個人名義口座による積立金制度に変える必要がある。2021年からは社会保険を改革し、既存の基金の支払いを資源基金で返済する時が来た。

ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン