ツァガーン・バイガルマー氏は、モンゴル国立大学を卒業しました。バイガルマー氏は東京農工大学生物応用学でシステムエンジニアの博士号を取得しました。彼女は静岡大学情報技術学部の客員教授、ハーバード大学医学部助教授、アメリカのマサチューセッツ総合病院研究員、日本の浜松大学医学部客員研究員などを歴任。バイガルマー氏の東京農工大学での博士号取得論文のテーマは「腹部3Dコンピュータトモグラフィ撮影を利用した画像診断システム開発に関する研究」です。

J(ジャルガルサイハン): こんにちは。90年代はモンゴルにとって変化の時代でした。この時代にあなたは日本に留学し、東京農工大学で博士号を取得しています。また、日本およびアメリカの大学に務めた経験があります。現在、モンゴルに日本の高専教育システムを導入する取り組みを行っていることに感謝を申し上げたいと思います。まず、現在の取り組みについて話して頂けますか?

バイガルマー: こんにちは。この度は番組に招待して頂き、ありがとうございました。最近、「Kosen(高専)」という言葉がモンゴル語の辞書に新しく掲載されたと思います。高専とは、簡単に訳すと高等専門技術者を養成するという意味をもつ教育機関の総称です。日本の国立高等専門学校機構は、高専教育システムによって56年間技術者を養成して来ました。私たちはこの日本の高専教育システムをモンゴルに導入する活動に取り組み、今年で6年目をむかえます。私は、90年代初頭に日本政府による国費留学生として、日本の高専学校に留学した最初の学生です。今も日本政府による国費留学生として、年間10数人の学生が日本に留学しています。

 高専教育は、中学校(15歳)を卒業した学生を受け入れ、5年間、一般科目と専門科目を学習させ、実践的技術者を養成する制度です。日本のこの高専教育制度は、産業界のニーズと要望に応えるためにできた制度です。日本では、1962年に初めて国立高等専門学校(高専)が設立されました。現在、日本全国に51の国立高専、7つの民間高専があります。私はこの51の国立高専の設置・運営を担っている国立高等専門学校機構のモンゴル事務所の代表を務めて2年になります。

J: 今日、モンゴルでは学生の殆どが文系の専門コースを卒業していますが、就職するに当たって文系の雇用があまりないのが現状です。最近、理系の中でも特定の技術を修得した卒業生が見られるようになってきました。こういった状況による雇用の変化は見られますか?

バイガルマー: 現在、モンゴルには3つの高専(モンゴル科学技術大学付属高専、モンゴル工業技術大学付属高専、新モンゴル高専)があります。今年、これらの3つの高専が設立されてから初となる卒業生142名が巣立っていきました。実際の労働市場におけるニーズと評価については、時間が経てば分かってくることだと思います。日本の高専教育には、いくつかの特徴があります。1つは、先ほど言いましたが、生徒を15歳から受け入れているということです。15歳というと、好奇心が旺盛で色々なことにチャレンジしてみたいという年齢です。創造性をもって、イノベーションを起こせる人材を養成すために、数学、物理といった基礎科目を重点的に学習させます。また、2年生からは理論だけではなく、実験と実習が重点的に行われます。こうすることによって、好奇心旺盛の年齢の生徒は教科書にある方程式を使い、実際に何かができるという達成感も味わい、早く吸収していくことができます。そしてエンジニアという専門が好きになります。

先ほどあなたが話したように、モンゴルの子どもは高等学校を18歳で卒業してほとんどが社会文化系学科を専攻しています。ここには、モンゴルの社会的、経済的な特徴が背景にあると思います。それは、18歳になってからエンジニアになりたいと決断をすることは非常に難しいということです。なぜならば、科学を勉強する上で、学習しなければならないことや、身に付けなければならない知識は非常に多くあります。これらの情報や知識を実際の生活でどのように活かすかということについて、子ども自身だけではなく、保護者もあまり分かっていません。ですから、高専教育が15歳の時からその基礎を作っているというのは、とても特徴的です。

 次に、人々は高専教育が最初の3年は一般科目を勉強し、最後の2年は専門科目を勉強するという風に理解しがちです。しかし、実際はそうではありません。1年目はエンジニアになるために必要な基礎科目を重点的に学習します。2年目から実験や実習を柱に学習しますが、基礎科目も同時に学習していきます。モンゴルの教育法では、高専卒業生は167単位を取得しなければならないと定められています。このうちの130以上が高等学校の単位とされています。しかし、実際に単位を細分化してみると、基礎科目と専門科目の両方があり、学年の区別がないため、差はありません。私も日本の高専に留学した者として分かりますが、高専の教育内容は理論・実験・実習がそれぞれ3分の1という割合で行われています。また、高専は実験や実習にふさわしい研究室、機械設備を有しています。私たちはこういったハード面もモンゴルに導入するために取り組んでいます。

J: 皆さんは、高専の応用数学という教科書を策定しました。この教科書を作った理由は何ですか?

バイガルマー: 日本政府の奨学金で日本の高専に留学したモンゴル人の殆どが、卒業後はそのまま日本で就職していました。私もそのうちの一人です。当時、日本の学校を卒業した多くの若者は、モンゴルに帰国して働こうとします。しかし、日本で学んだことをモンゴルで活かす機会はあまり多くはありませんでした。その理由は、モンゴルの産業はあまり発展していなかったことや、様々な規格をはじめ、日本と異なるところが数多くあります。産業分野におけるそれらの相違点は、今日でも私たちが直面している問題です。そこで、日本の高専卒業生が集まり、日本の高専教育制度をモンゴルに導入し、モンゴルで技術者を養成しようというイニシアチブを2009年に初めて打ち出しました。このイニシアチブには日本側も賛同し、2013年にモンゴルで高専教育の初めてのモデルクラスが開講されました。実はこの教科書は、日本の高専で使われている教科書です。この応用数学の教科書には、高度な数学が入っています。この教科書の翻訳に携わったモンゴルの大学の教授たちは、「この教科書はモンゴル国立大学の数学部の学生が使うようなもので、高専の生徒たちは本当にこの教科書をつかうのか?」と言っていました。日本では、高専卒業生の40%が進学します。さらに修士号、博士号を取得する人もいます。私も博士課程まで進学しました。この教科書には博士課程で学ぶような数学もあります。

J: 私はあなたの博士論文のテーマにとても興味を持ちました。腹部3D画像開発というのは、どういう意味ですか?

バイガルマー: 私の博士論文は、結構前に書いたものですから既に時代遅れになっているかもしれません。

J: 博士号取得の時は何歳でしたか?

バイガルマー: 28歳でした。

J: 28歳で博士号を取得したのですね。論文は日本語で書きましたか?

バイガルマー: はい、日本語で書きました。3D画像、つまりFunctional MRIなど、たくさんの画像診断法が出てきます。私たちは多くの医療画像を撮ってもらいますが、それを基に診断する人は医者でした。当時、先進国ではこれらの膨大な画像を医者が診断するためには多くの時間がかかっていました。だから自動診断できる機器を開発しようという潮流がありました。撮影された画像をコンピュータで自動的に解析し、癌があるかどうかを診断するシステムがさかんに開発されていました。私は日本で肺癌を検知する画像診断システムの開発、腹部、特に腎臓に癌があるかどうかを診断するシステム開発、脳にある癌の位置を特定する画像診断システムの開発に携わっていました。その後勤めたアメリカのハーバード大学医学部では直腸の癌を特定する仕事に携わりました。この時、私は癌の画像をコンピュータで計算し、数学的なモデルを作りました。そのため、私の論文は、主に画像の数学的モデルについて書かれています。

J: 現在、世界中で人工知能(AI)による自動運転などの開発が進んでいます。この状況の中で、今の中学3年生は何を勉強すれば6、7年後にどのようなステージで競争できますか?そしてモンゴル高専の卒業生はモンゴルで仕事をするのか、それともどこか外国に行ってしまうのか?これについてあなたはどう思っていますか?

バイガルマー: そうですね。2014年にモンゴルの労働省が外国の調査機関に依頼して実施した調査があります。この調査では、モンゴルの鉱業分野は今後も発展し、人材も養成されます。農牧業、森林分野の専門は少なくなります。常に成長する分野は情報技術(IT)、建築分野であり、そこで働く人材は今後も必要不可欠であり、こういった人材を今から養成していかなければ間に合わないという調査結果が出ていました。この調査を基に、当時モンゴル政府は具体的な政策を打ち出していました。高専に関連づけて言えば、私たちはモンゴル高専の教育カリキュラムとして、日本の高専の教育カリキュラムをそのまま模倣しました。特に建築、機械、電気、化学、生物といった専門の教育カリキュラムをそのまま導入しました。

 教育とは、たくさんの人的、物的リソースを必要とする分野です。特に工業教育はコストが非常にかかります。ですからモンゴルにある3つの高専は、私たちを通して、もしくは直接日本の高専とコンタクトし、日本の高専の先生を招き実験や実習を指導してもらっています。さらに日本の高専とモンゴルの高専の間で交換留学制度も実施しています。また、日本の国際協力機構(JICA)が、モンゴル科学技術大学に建築および機械分野の研究室を設置してくれました。

 モンゴル人の生徒に対する日本の先生たちの評判はとても良いです。また今日、モンゴルの情報技術(IT)分野は非常に発展してきています。そのため、私たちは従来の工業とITを組み合わせた、新しいエンジニアリング教育を構築させようと考えています。これについては今年の8月に日本側にプレゼンし、日本側も賛成してくれました。日本側と共同で各分野、例えば、化学、建築などの教育内容に第4次産業革命であるIoTの教育を取り入れようと話しています。

 他方、新モンゴル高専の卒業生はとても優秀です。彼らは卒業して日本の学校に進学しています。また卒業生の3分の1がエンジニアのビザで日本の企業に就職しています。

J: しかしながら、このように優秀な人材が養成されても、海外に行ってしまうとこの国に誰が残りますか?これについてあなたはどう思いますか?

バイガルマー: そうですね。私たちは卒業生の就職支援活動も行っています。卒業生の日本企業への就職を支援するために、3つの高専がそれぞれ単独で取り組んでいます。できれば、卒業生は全員モンゴルで就職してほしいと思います。しかし、モンゴルの産業分野の発展は日本と全く違います。次に、スタンダードとなる規格などが異なります。社会認識も違います。学生本人も親も、外国に行って色々なことを勉強してほしいという意志が強いのも事実です。私は、工業系の学科を卒業した若者たちは外国に行っても良いと思います。モンゴル人は、どれだけ長く海外へ行っていても、最後には帰国する確率が非常に高いからです。世界の国々は、優秀な技術者をどうやって養成するか、互いに競争しています。私たちは、卒業生に「モンゴルで仕事してください」と言ったところで、彼らの専門を活かせる仕事はなく、そのせいで全く違う仕事をやっているとすれば、それはとてももったいないことだと思います。それより日本に行って、5年間専門分野の仕事をして、経験を積み、実力をつければ、彼らはモンゴルに戻ってきて何らかの形で活躍できます。私は10数年間日本にいましたが、やはりモンゴルに戻って来ました。私は、高専の学生たちに講演する時はいつも「皆さんは日本に行っても、数年後には必ずモンゴルに帰って来ると思います」と言います。たしかに、彼らが卒業後3年間はモンゴルで仕事をして、それから日本に行けば、モンゴルに日本の何を持って帰るべきかが分かるというメリットもあります。私は今まで様々なケースを見てきました。例えば、モンゴルから技能実習生として日本に行って働いていた人が、勤め先の社長と仲良くなり、技能実習期間が満了した後にその会社の代理所をモンゴルに設立した人もいます。

バイガルマー * ジャルガルサイハン