10月28日、モンゴル国営放送(MNB)社長L.ニンジジャムツが辞任した。彼女は2017年に初めて社長に任命された。今年再任され、1期3年の2期目を務めていた。MNBの従業員は、減給や管理職の理不尽な態度に不満を表し、MNB運営の最高意思決定機関である国営評議会のメンバーの解任を要求している。実際に何が起きているのかを理解し、問題の解決策を探り、意思表明することが市民社会に求められている。なぜならMNBは、公共の財産であり公衆の声である。非営利で政府の監査がない公共の放送は、国民全員が平等に参加すべき環境である。公共の放送は、すべての国民の下僕であり、国の文化遺産の探究者であり、民主主義の砦である。
何が起きているのか?
モンゴルラジオ放送は1934年、ナショナルテレビは1967年にそれぞれ開設された。それ以降50年間、単一政党のイデオロギーの声となっていた。1990年に民主革命が起こり、1998年に報道の自由に関する法律が可決された。この法律は、政府機関がメディアを所有することを禁止している。そのため、2005年に「公共ラジオ・テレビ法」が可決され、モンゴルのラジオ・テレビ局は「国民の“下僕”となる公共のラジオ・テレビ」としてモンゴル国営放送(MNB)に改名された。また、外国人の視聴者向けの放送サービスを提供し、モンゴルの国内外に向けて政策を伝え、モンゴル国を世界中に広めるためのプログラムや番組を制作し、普及に取り組むことを義務付けられた。
しかし、高さ184メートルのテレビ塔と地方のラジオ局は統合され、再放送局は国営企業に分離された。 MNBの最高意思決定機関は、国営評議会である。この国営評議会は公共の利益を代表する非常勤の15人のメンバー(大統領が4人、国家大会議が7人、内閣が4人を推薦する)で構成され、任期は6年である。国営評議会はMNBの社長の任命、解任、社長と業務契約を結ぶ義務がある。
2005年の「公共ラジオ・テレビ法」と共にMNBの苦悩が始まり、繰り返される多くのスキャンダルの土台が築かれた。今起きている問題は単に社長をめぐるものだけではない。これは組織の問題である。
この社長の辞任劇は氷山の一角に過ぎず、目に見えない水面下にどれほど大きな問題があるのかを、世界中の公共放送における4原則に沿って見て見よう。組織の根本的な問題が解決されなければ、社長が変わるだけでは意味がないからだ。
民主主義国の公共放送の目的は、国民に情報を迅速に伝え、教育と娯楽を提供することである。その際に普遍性(Universality)、多様性(Diversity)、独立性(Independent)、明確性(Distinct)という4原則に基づかなくてはならない。
普遍性
公共放送(Public Broadcasterつまり公共報道機関)は“すべての人に番組を提供する”ことが、政府や民間報道機関と異なる。民族、社会的地位、購買力に関係なく、すべての人が全国どこでも視聴できなければならない。そのため、公共の報道機関の資金調達は、各家庭から受信料を徴収する形で行われる。
モンゴルではMNBの番組をすべての家庭で視聴できる。しかし、国内のどこでも聴くことができていた長中波のラジオ番組はどうしてしまったのか?プログラムはあるが、放送されていない。外国では、地震や洪水などの自然災害時に使われる防災バックには懐中電灯、ロウソク、マッチの他にラジオも用意されている。
多様性
MNBは、今日、3つのラジオ番組と、テレビ、ニュース、スポーツ、世界、家庭に区分された5つのチャンネルで番組を制作し放送している。これらの中からニュースチャンネルは最も多くの視聴者に届けられている。2015年には番組制作に総支出の10%、2016年には30%、2017年には11%、2018年には18%、2019年には20%が費やされた。この変動の主な要因は、2015年に国からの予算が2分の1に削減されたことだ。従業員数は750人、給与やボーナスに2015年に総支出の60%、2016年に45%、2017年に37%、2018年に40%、2019年に47%を充ててきた。各チャンネルに独立した予算を付け、働く人数を自分たちで決める会計制度を導入すれば、生産性が高まる。
独立性
これはMNBの最も弱い部分である。設立当初から常に政府の監視下にあり、政治的影響を受けてきた。2012年に民主党が政権を取り、当時のZ.エンフボルド国会議長は国営評議会に7人を推薦し、MNBに充てられる国家予算を2分の1に削減した。そして2006年から社長を務めていたM.ナランバートルを解任し、2015年1月、後任に民主党秘書官のTs.オユンダリを任命した。
2016年6月に人民党が政権を取り、MNBの予算を削減すると脅し、一連の監査を行い、社長を解任した。2017年初頭に人民党議員だったL.ニンジジャムツを社長に任命した。政府は2017年に52億トゥグルグ、2018年に39億トゥグルグの予算を投入し、ラジオ・テレビのデジタル化や建物の修繕などが行われた。その後、まもなくして人民党内で派閥が分裂し、内閣が変わった。 2020年に90億トゥグルグの予算が充てられていたが、8月の補正予算で52億トゥグルグが削減された。これには新型コロナウイルスの影響もあるが、閣僚からは反対の声は上がらなかった。このように前政権が任命した者を解任し、自分たち側の人物を任命するということが常態化している。
報道機関を持つべきではない政府は、自前でオーディオ・ビジュアルスタジオを設立し、コンテンツを準備し、公共放送および民間放送局を通して放送するようになった。MNBで、政府、国会、大統領、検察庁、賄賂対策庁、警察庁、防衛省の番組を持つようになり、毎週特別番組が放送されている。これはMNBの独立性を著しく侵害している行為である。
これについて大統領もMNB社長も、国営評議会議長も沈黙している。本来、ジャーナリストはある問題を独立した立場で取り上げ、関連する情報を放送した後、公共の利益という視点に立って取り上げた問題を説明すべきである。しかし、政府が予算を出しているため、放送局は圧力に逆らえず、MNBは政府のためではなく、公共のための独立した機関であるという基本的原則を見失っている。MNBは今、峡谷の底でもがく魚のような状況になっている。
明確性
MNBは放送内容の品質、特に番組の性質と映像において、視聴者が他局の放送内容と区別できるようになっていなければならない。これは、番組の質が高く、内容が濃く、視聴者を鼓舞する革新的なものであることが制作側に求められる。つまり、音声や映像のレベルを上げていき、他の放送局が見習うほど質を向上させることである。そのような新しい番組コンテンツをMNBは増やしていかなければならない。外国のドラマではなく、国民的内容を創造的に組み立てられたコンテンツが必要である。
では、どうすれば良いのか?
まず、これら4原則のうち最も欠けているのは独立性である。政治に大きく影響を受けている現状では、国民はMNBの公共性に疑問を抱くのも当然である。腐敗を撲滅できていない政府への国民の信頼は薄れている。その政府に完全に依存しているMNBに国民は関心を持たない。そのため、良質なコンテンツを制作したとしても視聴者の数は減り続けている。
他方、国民は「なぜ政府のための報道機関に毎月受信料を払わなければならないのか」と考えるようになった。各世帯からウランバートルでは毎月1,100トゥグルグ、地方では850トゥグルグの受信料を徴収している。他国では10ドル以上である。
この「ラジオ・テレビの受信料」は、MNBの運営費の4分の1を占めている。運営費の半分を国の予算で賄っている。残りはCMなどの広告料収入である。MNBは、法律によってその日のCMを放送時間の2%未満にすることが義務付けられている。また、放送機器やその他の資産の貸し出し、寄付による収入を得ることができる。
MNBは、今日その使命を「公共の利益を尊重し、知的財産を尊重し、社会の精神的な道標となるよう国民にとって有益なコンテツを制作する専門機関であること」と定義している。しかし、これに「公共の下僕であり、独立した」という文字を追加する必要がある。
独立性を確立するためには、時の政権与党に関わらず政府からの運営費を国家予算の0.05%などとする規定を法律に盛り込む必要がある。
本来ならば受信料を引き上げ、運営費をこの受信料だけで賄うことが理想的である。しかし、ソーシャルネットワークが発展している今日では、受信料を引き下げ、国家予算を増やすことが適切である。
国営評議会の議長は、政府から圧力がかかっているか否かを定期的に公表する義務があり、政治から独立した人物でなければならない。そうなることで社長の独立性が維持される。
MNBが独立することの重要性を国民が理解し、資金調達や番組制作を4原則に沿って監視しなくてはならない。そして継続的に改善していくためには、メディアオンブズマンを設置する必要がある。これは、カナダの公共放送の事例を参考にできるし、モンゴルで実施することも可能である。 いずれにせよ公共放送が独立するためには、モンゴルの民主主義の強化、公共ガバナンスの改善、最大の障壁となる腐敗撲滅にメディアが重要な役割を果たすということを、今一度思い出すことである。
ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン