前世紀末から世界の民主主義国家では、“支配”から“行政”へとシフトが始まった。政府は国民によって選ばれるため、個人では成し遂げることができないこと、例えば、社会の安全性、人権・財産の保護、規律の遵守、教育や保健サービスを平等に提供することなど、公共(public)のためのサービスを適切に管理された状態で提供するなどが可能となった。
“公務員”という言葉は、公共のために働く職員という意味へ、また政府の業務は“公務”と言われるようなった。これは言葉だけでなく政府業務に見られる典型(paradigm)がシフトしていることである。この新しい動きは、新しい考え方、新しい人材によってより効果的に行われる。
西洋で養成された人材
モンゴル政府は、1925年に初めて中学生40人を選抜し、ドイツやフランスに留学させた。しかし、旧ソ連からの圧力によって、彼らが卒業することはかなわず、この留学事業に関わったすべての人が懲役刑を受けることとなった。さらに若者たちは「西洋のスパイ」という架空の罪で2度も有罪となった。それでも彼らの中から偉大な作家D.ナツァグドルジ、彼の妻で政治家のD.パグマドラム、モンゴル初の脚本家T.ナツァグドルジ、その妻で有名な作家D.ナムダグ、人民芸術家L.ナムハイツェレン、モンゴル初の地質学博士J.ドゥゲルスレン、学者N.ナワーン・ユンデンなどの著名人が多数出現し、モンゴルの発展に計り知れない貢献をした。
モンゴルでは、1937〜1990年の間、数千人の若者がソ連や他の社会主義体制の国の大学、特別専門学校に留学していた。しかし、1990年の民主革命の勝利によって、モンゴル人は自由を手にし、西側の先進国に行き、そこに居住し、子どもたちに西洋の教育を受けさせるようになった。今日、西洋の大学を卒業した若者たちは、政府や民間企業の第一線で働いている。政府管理職には、西洋の大学を卒業し修士号や博士号を取得した若者が就くようになった。
近年、世界の有名大学(The Ivy League)を卒業し、学んだ専門を活かして海外の大手企業や国際機関へ勤務したことのある経験豊富な若者たちは、チームとして政府や社会経済の主な分野で活躍している。この若者たちはモンゴルの行政、社会、経済が直面する問題を、国民にとって有利になるように科学的根拠に基づいて解決策を打ち出すことで、モンゴル社会に多大な貢献をすると国民は期待している。
これと同様なことがチリでも見られた。若いチリ人がアメリカに留学し、就労していた。専門教育を受けた多くの若者を、1970〜80年代に祖国に呼び戻し、危機に陥っていた同国の経済を救った。その時、国の急速な発展に彼らの才能や知識を積極的に活かすことができた。台湾、シンガポールも同様である。
チリでは、帰国して国に大きな変化をもたらした若者たちを、その大半がシカゴ大学を卒業した者だったことから「シカゴボーイズ」と呼ぶようになった。
「ハーバード」チーム
弱冠40歳のL.オユン−エルネデネ氏は、2021年1月27日、モンゴル国第32代首相の座に就いた。彼は法律家であり、ハーバード大学で行政学の修士号を取得した。彼が組閣した閣僚は17人である。その大半が西洋で教育を受けた若者であり、4人の閣僚が女性となった。これはモンゴル史上初のことである。そして各大臣を影で支え、政府の活動が円滑に進むよう業務についている人は数百人もいる。その政府職員の中で「ハーバードの若者」と呼ばれる人たちについてここに記したい。
B.ウヤンガ氏:地質学者。モンゴル科学技術大学、東京大学、ハーバード大学で修士号や科学博士号を取得。モンゴル語と英語を習得。2020年10月から国家地質部の副部長、主任地質学者。
B.ソロンゴ氏:弁護士。ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学、イギリスのダンディー大学、ハーバード・ロー・スクールを卒業。モンゴル語、英語、ハンガリー語を習得。2020年8月から内閣官房副長官。
B.ブルガンチメグ氏:国際関係、開発政策研究者。ブルガリアのアメリカ大学、ジュネーブの国際関係大学開発政策科の修士号を取得。モンゴル語、英語、トルコ語、フランス語、ロシア語を習得。2020年12月から国家開発庁副長官。
G.アマルトゥブシン氏:資本家・銀行家。ブリュッセルのヨーロッパ大学、ハーバード・ビジネス・スクールで経営学修士号を取得。2020年からモンゴル国会議員。モンゴル語、英語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、オランダ語を習得。
L.オユン−エルデネ首相:弁護士。モンゴル国立大学、ハーバード大学卒。モンゴル語、英語を習得。現モンゴル国首相。
B.ボロル−エルデネ氏:情報技術専門家。モンゴル人文大学、韓国のハンドン・グローバル大学、イギリスのオックスフォード大学を卒業。モンゴル語、英語、ロシア語を習得。2020年4月から情報通信技術庁長官。
O.バトナイラムダル氏:経営学専門家。アメリカのマカレスター大学、ハーバード大学経営学修士号を取得。モンゴル語、英語を習得。2020年7月から鉱業・重工業副大臣。
T.アルダルサイハン氏:建築家。マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学デザイン大学院で修士号を取得。モンゴル語、英語、ロシア語、ドイツ語を習得。
B.ドゥルグーン氏:経済学者。国際開発経済学修士号を取得。カナダのピアソン・カレッジ、アメリカのコネティカット・カレッジ、ハーバード大学大学院で修士号を取得。モンゴル語、英語、中国語、トルコ語を習得。2020年12月から国家開発庁副長官。
E.ボロルマー氏:経済学者。オレゴン大学、コロンビア大学で公共政策修士号を取得。モンゴル語、英語、韓国語、ロシア語を習得。2021年2月から首相の経済・開発政策顧問(上記の写真の載っていない)。
100年前、満州国から独立したモンゴルの当時の政府関係者が夢見ていた西洋の先進国。その先進国に住み、世界最高の大学で学び、海外で働いた豊富な経験を持つ若者は、今日のモンゴル政府に関わり、自ら協力して参入してきていることをここに強調したい。21世紀を目前にして民主化したモンゴル政府は、世界の多くの国と同様に、行政から公共へとシフトする必要性に迫られている。この重要な時代に彼らは公共の管理をリードするようになってきたことが特徴的である。
今後、政府の活動を具体的に示すために、ガバナンスをインプットではなくアウトプットしていき、社会への影響を活動の成果として評価していくべきだ。投入した投資額ではなく、何を創り、どのような成果を国民にもたらしたかで評価しなければならない。その際には高度な専門性と管理能力を有する彼らのリーダーシップが必要である。
公共の良いガバナンスを実施するに当たって、今日の政府に浸透し無くならない腐敗と汚職の撲滅に若者がリードしていくことを国民は期待している。政府管理から公共管理への移行をどのくらいの期間で、どこまで達成できるかで私たちの国の発展、国民の生活水準と質が決まってくる。人工知能、ブロックチェーン、蓄電技術など新しい科学技術の偉大な進歩を経済、社会、政治といったあらゆる分野に広く効率的に導入しなければならない。その役割は若者が担っている。
草原にいるガチョウが飛んでもたどり着けない遠い異国で、その地で多くを学んで来たモンゴルのすべての若者たち。皆さんのさらなる成功を祈る。
ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン