2016年のアメリカ合衆国大統領選の共和党予備選挙に17人が立候補した。候補者の中の一人、ドナルド・トランプ氏の立候補に人々は驚くことはなく、大した支持も得られず落選するだろうというのが大方の見方であった。なぜならば、彼は「私ならアメリカ合衆国が抱える難問や世界の核問題を、ビジネスで培った交渉術で直ぐに解決できる。オバマ氏はアメリカ合衆国に生まれていない。彼はムスリムなので大統領になる資格がない。」などと過激な訴えをしていたからだ。また彼には政治の経験や知識がなかったことも軽く見られる原因だった。

起源

トランプ氏は、選挙戦当初からライバル候補を何ども中傷し、それまで見たこともない無礼な行動を取った。彼自身のビジネスやプライベートの問題も次から次へと発覚した。それでもトランプ支持は州から州へと拡大し、5月末には共和党の全2472票のうち1237票を獲得し、勝利した。7月に行われた共和党大会では、1976年の共和党予備選でフォードがレーガンを抑えて指名を獲得して以来、最低となる69.8%の投票率でドナルド・トランプ氏を共和党の大統領候補に指名した。共和党の指導者や政策立案者は、トランプ氏を支持せず、全国大会から他に候補となる人物を探したが、党員の過半数の票がトランプ氏に集まっていたため為す術もなかった。これは2017年にモンゴルで行われた大統領選挙時の「白票」に似ていて、一般市民が伝統的エリートに反対する「protest voting(抗議の投票)」だった。

大統領選でトランプ氏は、ヒラリー・クリントン陣営をロシアがハッキングすることを促し、告発サイト「ウィキリークス」とSNSで偽情報を拡散させた。また、グローバル化と国際協調に反対し、「isolationism(アメリカ第一主義)」を復活させ、「Make America Great Again(アメリカを再び偉大にする)」というスローガンを掲げ、海外に進出したアメリカ企業(offshoring)を国内に戻し、競争力を失った製造業、石炭分野の復活を目指した。関税を引き上げ、対外貿易赤字を撲滅し、経済成長率を4〜5%にするなど、論理的に実現不可能なポピュリズム公約を謳った。さらに、関税はアメリカの消費者ではなく、中国人に支払わせる。メキシコとの国境に建設する壁の建設費はメキシコに支払わせるなどと豪語していた。

原因

しかし、グローバルゼーションで発展が加速した中国などの国との競争で打撃を受けて失業した、特に低学歴の白人労働者、新しい技術の恩恵をあまり受けていない地方住民の間では「教養や知識があるか否か、不道徳かどうかは関係なく、トランプは私たちの味方、私たちと同じ人であり、私たちの苦労を見ようともせず自分たちだけが裕福になっている」と社会のエリート層や政治家を批判し、トランプ氏を支持しようという空気が広がっていった。

トランプ氏も彼らをターゲットに、「あなた方の窮状に政治家、特に前の民主党政権や外国人に責任がある。私はアメリカの偉大さをもってすべてを変える。不法移民を排除し、白人至上主義を復活させる」というメッセージを送っていた。これは人生に疲れた人々に対して、他人の粗を探し、他人を傷つけてでも自分の現状を良くしようとする「instinct(本能)」、つまり隠された願望を利用し、社会階層の分断を煽り、「mob rule(暴民政治)」で暴走的支持者を獲得するという典型的な手法だった。

トランプ氏は大統領就任後も全国民の支持ではなく、有権者の30%を占めるこの階層で影響力を増すことに主に注意を払っていた。そのために常に寂れた街に足を運び、選挙キャンペーンのような集会を開き、自分を支持している過激主義者を奨励し、恩赦を与えて来た。そしてトランプ氏にとっての敵を捜査し、処罰することを拒否した政府や司法の職員を解任し、自分にとって都合の良い人物を任命していた。そのことを批判したマスコミを「国民の敵」と公言し、「私に対するすべての批判的な情報はフェイクニュースだ」と非難した。こうすることによって彼は自分に対する「deep state(闇の政府)」の力があり、政府や司法機関は共謀しているということを支持者に信じ込ませた。

トランプ氏は、奴隷解放をスローガンとしたエイブラハム・リンカーン大統領が設立した党を、たった1年間で「white supremacy(白人至上主義)」の復活だけではなく、国際協力、自由貿易、財政規律を重んじる伝統ある党の理念の真逆に位置する存在にしてしまった。

またトランプ氏は、新型コロナウイルスの対策として全国民に1人当たり600ドルの現金を給付し、更に救済が必要な人にだけ追加給付をするという連邦議会の決定に反対し、すべての人に2000ドルを給付するという、ポピュリズムな条件を押し通し、上院に再び勝利して共和党が大半を占める議会を維持する可能性を台無しにし、上下両院を民主党に奪われる形となった。

トランプ氏は、映画「ゴッドファーザー」を好み、マッカーシズムの急先鋒だった弁護士ロイ・コーンを自分の「メンター」と言ってはばからない。大統領退任後にトランプ氏を待ち受けているのは、脱税容疑をはじめ、寄付金横領、ロシアのマネーロンダリング関与疑惑、大統領在任中にビジネスによる収入を得ることを禁じている合衆国憲法の「Emolument Clause(報酬条項)」に違反したなど、複数の訴訟と捜査である。

在任中、トランプ氏は軍事、司法機関を自分に忠誠を示す人で埋めようとしていた。手始めに、時の大統領によって交代することなく10年以上務めるFBI長官、言い換えれば政府の汚職捜査を担当する連邦捜査局の長官、次にその副長官を解任した。そして大統領の最側近である司法長官、次に司法副長官をトランプ氏の政敵の捜査をしなかった、自分を捜査の手から守らなかったことで解任した。

トランピズムのピークは、彼が2020年の大統領選挙の結果を認めず、選挙で大規模な不正があったと支持者に主張し、信じ込ませ、扇動したことだ。それが連邦議会議事堂襲撃という悲惨な事件を引き起こした。

この事件はアメリカ全土に衝撃を与え、党の支持者を失わないためにトランプ氏を公に批判できなかった共和党の政治家たちも、終には彼を守り切れなくなった。

トランプ氏が自ら辞任しなければ、合衆国憲法修正第25条に従って副大統領および閣僚の過半数の投票で即時罷免になる状況だった。トランプ氏は自身に恩赦を与えることが可能かを検討するために、ハーバード大学法学部のアラン・ダーショウィッツ教授を雇った。アメリカの国防長官経験者10人が、トランプ氏に対して政治に米軍を巻き込まないように要求した。また、錯乱したトランプ大統領が軍事行動を主導したり、核攻撃を指示したりするのを阻止するために、彼の核兵器使用権を制限し、政治的な危機に乗じて反アメリカ的な行動を予防する措置としてペルシア湾に展開する軍を増やし、また台湾と交渉するために設けた従来の制限を解除した。

専門家たちは、民主主義が最も保障され、かつ保護されているアメリカ合衆国で起きたこの騒動は、1人に権力が集中する大統領制がポピュリズムの台頭やSNSが広まった現状で、いかに簡単に独裁へと導かれるかを明確に示したと言う。他方、法の支配、独立した司法制度が今日のアメリカ合衆国の民主主義をトランプ氏から救ったとも評価している。

専門家たちは、共和党内部からもトランプ氏の辞任を求め、即時罷免を支持する傾向にあるが、「censure(問責決議)」を提出し、トランプ氏の権限を剥奪する方が簡単であると言った。重要なことは、専門家たちはこれが今後のアメリカ社会の分断の深刻化を防止し、国民の結束、次期政権の運営において有意義であるとみていることだ。

教訓

ここから大統領選挙を控えているモンゴルが、何を教訓として学ぶかは明らかである。過去4年間、このような現象は他の多くの国でも見られてきた。類似するトランピズムの事例として、ポーランド、ハンガリー、フィリピン、トルコ、インドなどの国々の指導者たちの名前が挙げられる。その中でモンゴルの大統領については、海外メディアが「草原のトランプ」と呼んでいたことがある。

まず、現在のモンゴル大統領は、改正憲法の条文、理念を尊重し、次の選挙に立候補しないことを公言すべきである。次にこれらはすべて大統領になる人物というより体系的な問題であるため、議院内閣制であるにも関わらず、大統領制でもある弊害をもたせた現行制度を改革しなければならない。実際これは憲法を改正する時に議論され理解が深まっていたが、政治的な理由により失敗した。

そのため、大統領自身の提案を憲法改正作業グループにもう一度検討するよう働きかけ、国会がそれを可決成立するように率先して提案することを大統領に求める。

最後に、政府高官、その中でも現職大統領は在任中に出した決定のために刑事責任を負わないという法律を、上記の取り組みと共に可決するように国会に求める。

ツェレンプンツァグ・バトボルド