民主主義国家では、政権の監視、責任の追及において、最も積極的であるのは中所得者層である。中所得者層の比率が大きければ大きいほど、教育や保健などの社会サービスへのアクセスが充実し、政府や公務員の汚職や贈収賄の発生が比較的に少ない。しかし、モンゴルでは中所得者層が社会の過半数となっていない。往々にして、超高所得者層と超低所得者層の境界線が広く明確であり、格差が拡大した国の社会では、国民はより分断され、対立が激化するものである。

この十数年の間に、産業はそれまで高度に発展した先進国から新興国に移り、とりわけ中国の急速な経済成長の影響で、地域内の国々の経済も安定して成長してきた。国の経済が成長するにつれて、主要な消費者である中所得者層が膨張する。これによって市場拡大と多様化が進み、新しいモノが生まれ、新しい雇用が大量に創出される。また、投資や貯蓄が増加する条件が整うため、この中所得者層は経済成長を促進させる原動力となる。

中所得者層とは誰なのか?

経済学者たちは、社会の発展における中所得者層の役割を重要視してきたが、今日まで「中所得者層」とは、実際に誰を指すのかということにおいて、統一した定義がなされていない。

例えば、ブルッキングス研究所(The Brookings Institution)は、1日の収入が11~110ドルの人を中所得者層と定義し、2016年の時点で世界人口のうち32億人がこの中所得者層に該当するとし、この数字は毎年1億4千万人の割合で増加しているとある。

この他に広く認められるもう1つの定義は、中所得者層とは「食事、衣料、住宅、教育、保健などに掛かる毎月の費用を除いたうえで、さらにある程度の貯金が可能な世帯」を言うとある。

先進国の平均以下の所得者は、新興国の平均所得者より相対的に高い所得を得ている。しかし、1日に必要なギリギリの生活水準である貧困線を、1人当たり1.90ドルで計ることもある。一部の研究者は、新興国の中所得者層を1日1人当たりの生活費が2~13ドルの者と定義する。また他の研究者は2~10ドルと言う。さらに10~100ドルが中所得者であると定義する研究者もいる。

モンゴルでは、経済科学研究所(ERI)が中所得者層を定義するため、2014年と2016年にそれぞれ調査を実施した。この調査では、当該年度の家庭の平均所得の67%~200%に入る所得世帯を中所得者層と定義している。2002年の調査では、全世帯の20%が高所得者、51%が中所得者、29%が低所得者であった。しかし、2014年の調査では、全世帯の14%が高所得者、61%が中所得者、25%が低所得者となった。この結果を見れば、モンゴルの中所得者世帯の数は12年間で10%増えたということがわかる。 また、ERIは各世帯層の割合と資産の割合がどのように変わってきたかを公表している。それによると、2002~2008年の期間では中所得世帯の割合が増加し、高所得世帯の割合は減少したが、資産の割合は変わっていない。しかし、2008~2014年の期間では、中所得世帯の割合の増加に伴い、資産の割合も増加している。対照的に高所得世帯の割合は減少するにつれて、資産の割合も減っている。

図1.全世帯における中所得者層の割合と所得の割合

また、各世帯間の所得の格差は首都と地方の間だけではなく、首都ウランバートルの地区の間にも見られる。低所得世帯の数は、首都中心部の地区より郊外の地区の方が比較的に多くなっている。

モンゴル政府は、春期国会で審議している“2050年ビジョン”に「国民の就労を支援し、世帯収入を持続的に増加させる。活動的な家庭を形成させ、彼らのニーズに応じた住宅環境を整備する。そこで彼らが中小事業を営み、競争でき、満足度の高い生活をおくれる環境を整備し、中所得者層を2050年までに全人口の80%まで引き上げる」という大きな目標を掲げている。この開発計画には現在の中所得者層の割合が16.2%と示されており、この数字を2030年までに50%へ、2040年までに70%へ、2050年までに80%にするという。しかし、現在の16.2%という数字と、その他の目標設定をどのように算出したものかは、その根拠が明らかになっていない。

2050年の目標は現実的なのか?

最近では中所得者層を所得の他に教育水準で定義する傾向が見られる。なぜならば、社会において高等教育を受けた人たちは、政治や経済の分野でより慎重な決定を下すことができるからだ。彼らは政府に対して、平等で尊厳のある政策を先んじて要求する。どのような基準で中所得者層を区分するにせよ、社会の中所得者層とは最低限仕事に就いており、住宅や定期収入、貯蓄を持つ人のことを言う。

中所得者層は、安定した社会の基盤である。しかし、今日のモンゴルでは質のある中所得者層が形成されるどころか、国民はチャンスがあれば海外に渡るようになった。海外に留学、就労、旅行などで行く人の数は急増している。特に外国に定住する人の数は年々増えている。

図2.外国定住者の数の推移

海外移住した人数を過去10年間で見ると、2015年が最も少なく6,768人だった。最多となったのが2019年で19,470人が海外移住している。延べ約20万人(モンゴル外務省領事局)のモンゴル人が海外に定住しており、そのうちの12万人が、その国に永住するために渡ったということである。

モンゴルで仕事に就けたとしても、給与は生活するための必要最低限の費用にも満たない。さらに生涯働いて払ってきた年金は、1日の食事代にもならない額である。そのため、国民は海外で職に就き、生活することを選んでいる。これはモンゴルの中所得者層が「減少」していることを意味している。

主な原因をマクロな視点に立つと、モンゴルの今の政治体制や経済システムが中所得者層にとって快適に暮らす機会を奪い取り、将来への希望を失わせていることと関係している。それは政治の寡頭制、クライエンテリズム、腐敗したシステムから国民は逃げ出しているということである。ほとんどの人が、今まで努力し学んだことや知識を捨て、韓国やオーストラリアなどの先進国に渡り、肉体労働に従事している。なぜならモンゴルにいるより収入を得ることができ、そして自尊心も得られるからだ。

中所得者層の減少を止めるためには、まず政治のクライエンテリズムの慣習から抜け出さなくてはならない。次に教育制度の改善を急ぎ、人々の教育水準を新たなレベルへ向上させなければならない。ここ数年、モンゴル政府はエリート教育を重視するようになった。世界のトップ100大学に合格した大学生へ奨学金を交付し、義務教育でも授業料の高い私立学校に補助金を交付するなどしている。だが、ハーバード大学スタンフォード大学に2、3人を留学させるより、モンゴル国内にある小中学校の生徒のために教室定員を50人から25人にし、質の高い授業ができる環境を整備することの方が長期的にみてより効果的である。

だから、政府は現在の不平等を助長した政策を止め、長期的な経済成長、責任のある民主主義国家の強化のために重要な役割を果たす教育水準を向上させることが重要である。

ダムバダルジャー・ジャルガルサイハン